社会と情報1 (blog アーカイブ2005〜)


 

 2015年09月18日:産経世論調査(記事)に対する毎日新聞の批判

 2015年06月02日:年金機構で起きたこと

 2006年06月27日:公文書電子化

 2005年04月08日:News23「米メディアの衰退」


 
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 ■2015年09月18日:産経世論調査(記事)に対する毎日新聞の批判

 9月17日の毎日新聞に注目すべき記事があった。

「産経世論調査:安保法案反対デモの評価をゆがめるな」
と題して、産経新聞とFNNが行った合同世論調査の結果報道を厳しく批判した記事である。

 いわゆる「やらせ記事」などについての批判はこれまでにもあるが、同業他社による世論調査の結果の評価・報道に対する批判記事というのはあまり見たことが無い。
 調査が「安保法案」に関することであり、見出しの表現からも「この法案(採決)そのものに対する毎日と産経の姿勢の違いからの批判記事」と見られかねないのだが、内容はそうではない。
 世論調査の手法とその結果の評価、それをどのように正しく伝えるか、という点に絞った純然たる「科学的批判」であり、著者も「世論調査室長」という言わばプロフェッショナルなのである。
 
 記事の内容は100%同意できるものである。
 「教材」として使いたいと思うくらい良いので、URL に加えて敢えて全文を紹介する。(写真は除く)

産経世論調査:安保法案反対デモの評価をゆがめるな
毎日新聞 2015年09月17日

 ◇産経新聞とFNNの合同世論調査にもの申したい
 安全保障関連法案の参院採決が迫る中、9月12、13日に実施した調査で「安保法案に反対する集会やデモに参加したことがあるか」と質問し、3.4%が「ある」、96.6%が「ない」と答えたという。これを受けて産経新聞は15日の朝刊で「参加した経験がある人は3.4%にとどまった」と書いた。
 安倍政権の応援団として、全国に広がる安保法案反対デモが気に入らないのはよく分かる。「毎日新聞や朝日新聞はデモを大きく扱っているが、デモに参加しているのはたった3.4%にすぎない」と言いたいのだろう。
 だが、日常生活の中で特定の政治活動に参加する機会のある人がどれだけいるだろうか。この世論調査は全国の男女1000人に電話で質問したとされ、そのうちデモや集会に参加したと答えた人が34人いたと推定される。素直に考えれば、これは大変な人数だ。全国の有権者1億人にこの数値を当てはめれば、安保法案反対デモの参加経験者が340万人に上る計算になる。
 調査ではさらに、デモ・集会に参加したことがないと答えた人(回答者全体の96.6%)に「今後、参加したいか」と尋ね、18.3%が「参加したい」と答えたという。これはつまり、回答者全体の17.7%がデモ・集会に参加したいと考えている計算になる。実際に参加したと答えた3.4%と合わせると、5人に1人が安保法案反対のデモ・集会に参加した経験があるか、参加したいと考えていることになる。有権者1億人に当てはめれば2000万人。この調査結果にゆがみがないと仮定すれば、「安保法案に対する世論の反発の大きさを示した」と書かなければならない。
 もちろん、自宅の固定電話にかかってくる世論調査の電話を拒否する人も多く、調査に応じた人の割合を有権者全体にそのまま当てはめること自体に無理がある。そもそも1000人程度の無作為抽出による世論調査というのは、国民意識の大まかな傾向を探るのが目的だ。1000人中1人いるかどうかも分からない特定の政治活動参加者について数値を割り出せるものではない。デモ・集会の参加経験を無理やり数値化したうえで、法案賛否などの数値と同様に扱い、「3.4%にとどまった」などと書くのは、世論調査の社会的な役割とはほど遠い「扇動記事」と言わざるを得ない。
 産経新聞の記事は、デモ・集会に参加したと答えた3.4%の内訳分析まで行っている。「参加経験者の41.1%は共産支持者で、14.7%が社民、11.7%が民主、5.8%が生活支持層で、参加者の73.5%が4党の支持層だった」。これも首をかしげざるを得ない。参加したと答えた推定人数わずか34人を母数に、支持政党の内訳をパーセンテージで、しかも小数点以下まで算出することに統計的な有意性はほとんどない。数人の回答が変われば、大きく数字が動く。あえて記事にするのなら、「参加経験者の大半は共産党などの野党支持者だった」と書くのが関の山だ。そして、デモ参加者に野党支持者が多いことには何の驚きもない。
 1000サンプル程度の無作為抽出調査では、パーセンテージで通常3〜4ポイントの誤差が生じるとされる。にもかかわらず、3.4%という小さな数値を根拠に「デモに参加しているのはごく少数の人たちであり、共産党などの野党の動員にすぎない」というイメージを強引に導き出したのが産経新聞の記事だ。とても世論調査分析とは呼べないものであることを指摘しておきたい。【世論調査室長・平田崇浩】


 
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 ■2015年06月02日:年金機構で起きたこと

 日本年金機構が「サイバー攻撃」を受け、125万件の個人情報が流出する、という事件が起きた。
 例によって、大手マスコミの報道には、専門知識〔さほど "特殊" なものではない)の不足、官庁側の会見・発表の無批判なやれ長し、が甚だしい。

 第一に、「攻撃」「悪意の」と言ったことばを使うことで、あたかも強烈な "サイバー・テロ" が仕掛けられ、年金機構側は「被害者=敗者」であるかのように伝えている。セキュリティの "甘さ" について、通り一遍の批判はしているものの、後述するような根本的な欠陥について言及している記事は、これまでのところ見当たらない。
 第二に、 "この時期に起きたこと" の意味について、充分検討している気配も無い。

 第一の、「根本的な欠陥」とは以下のようなことである。
 事件は、複数の職員宛に「ウィルス添付のメール」が送り付けられ、それを開封したためにスパイ・ウィルスに感染、個人情報が "吸い出された" ということである。
 このことは、年金機構では国家規模での国民の安全に関わるような重大な情報を扱う情報システムと、個々の職員がメールをやりとりするレベルの情報システムが、 "直結" あるいは "混合" していたことを意味する。
 業務系の情報ネットワーク・システムについて知識・経験の無い人は気づかないかも知れないが、今日では、情報システムのセキュリティの根本は、如何に "遮断" するか、 "通りにくく" するか、ということである。上記のような全くレベルの違うシステムを "分離" していなかったことは、およそあり得ない非常識な事態、体制であったと言わざるを得ない。
 繋がっていれば必ず漏れる。だから、「切り離しておく」のが常識なのである。

 第二に、「この時期」の意味は、犯人の側をイメージして見れば簡単に想像できる。
 国民総背番号(今回は "マイ・ナンバー" などという気色の悪いカタカナ語で呼ぶことを強要しているようだ}が秋にもスタートすることに "対応" していることは明らかではないか。
 このような「唯一の共通コード」のシステムを実用化するためには、当然、これまで使われてきた様々な「各種の個人コード」を変換・結合して、情報を集約しなければならない。そして、この段階が最も難しく、かつセキュリティの面で脆弱な作業になるのである。
 だから、その「各種の個人コード」の中で最大の年金番号を手に入れておけば、次の段階の「国民番号」も比較的容易に手に入ることになる。そうなれば、年金だけではない、運転免許やパスポート、いくつかの国家資格の情報などまで "手が届く" ことになるのである。
 「国民が便利になる」ことばかりが唄われているが、サイバー犯罪者にとっても大きなチャンスとなる時期が迫っているということである。


 
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 ■2006年6月27日:公文書電子化

 行政改革、業界との癒着を排除などと表向きは言いつつ、またまた何を始めるのやら。
 危機管理・有事対応との関連をほのめかし、情報システムなどと難しそうに言えば何でも仕組めると思っているのだろう。

asahi.com 2006年06月27日06時20分
公文書電子化、市販ソフト利用に警鐘 官房長官諮問機関

 安倍官房長官の私的諮問機関「公文書等の適切な管理、保存及び利用に関する懇談会」が公文書の保存に関する報告書をまとめ、電子データ化した公文書を長期活用するために新システムを開発するように提言した。

 電子データ化した公文書の多くは市販ソフトを使っており、ソフトを作る企業が倒産すれば文書の閲覧が出来なくなる恐れがある。技術の進歩で旧式のファイルが使えない可能性もあり、「私企業のソフトに依存していればそのファイルを何十年先でも見られるかどうかは分からない」(内閣府幹部)と判断した。

 公文書のうち、「法律を閣議にかける」「許可法人を新設、廃止する」などの決裁文書は、省庁間の申し合わせで30年間保存することになっている。しかし、ほとんどが「現物保存」となっているため、政府は電子データ化を進めている。


「公文書の多くは市販ソフトを使っており、ソフトを作る企業が倒産すれば文書の閲覧が出来なくなる恐れがある。」
 これは真っ赤な嘘である。
 第一に、文書ファイルには事実上の標準様式(デファクト・スタンダード)が確立しているので、そんな突拍子もない様式のファイルは存在しない。
 第二に、各社のソフトで作られる文書ファイルを、横断的に読み込み、あるいは相互に変換するソフトを専門に開発する高い技術をもつ企業があり、彼等に任せれば“読めない”文書など存在しない。

「技術の進歩で旧式のファイルが使えない可能性もあり」
 これもデタラメ
 「最新の文書ファイル」を「旧式のソフト」では読めない、というケースはいくらでもあるが、その逆はほとんど有り得ない。この原則を示す「下位互換性の確保」という原則が、コンピュータ業界には厳然として存在する。

 この2つの大嘘に依拠して、またまた無駄なことに税金をつぎ込もうと企んでいるのだろう。「公共が開発」というと、なぜか民間が同様のものを開発するコストの10倍以上になるのが常であるし、これまで「開発」したソフトで実際に価値を発揮したものなど殆ど皆無と言っても過言ではない。


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 ■2005年4月8日:News23「米メディアの衰退」

 4月8日 News23(TBS系列)で放送された。私が今最も信頼し、かつ期待している金平記者のレポート、「米メディアの衰退」。
 
 以下の6つのテーマで話が進められた。
1.米CBSの大物キャスター、ダン・ラザーの引退。
 ブッシュ大統領の過去の軍歴に関する「疑惑報道」について、根拠とした資料が事実無根のものであったとされたことから、CBS及びダン・ラザーが厳しく批判され、退陣に追い込まれた。
2.ブログの暴発。
 このCBS及びダン・ラザーへの「批判」というより「攻撃」の中心となったのが、共和党寄りの立場をとるブログであった。この他にも民主党上院議員やCNNに対する攻撃も見られた。
3.米政府の「手先」のような、ブログ・ジャーナリストの出現
 ブッシュ軍歴疑惑の際に、CBS攻撃の先頭に立って目立っていたギャノンという記者は、ホワイトハウスのプレスパスを所持していたが、正体不明の怪しい人物で、この事件以降姿を消してしまった。
4.取材源の秘匿、というメディアの原則が脅かされている
 CIAからの委嘱を受けて、イラクの「大量破壊兵器」の存在について調査した専門家が、存在は認められないとして米政府の姿勢を批判した。すると、その報復として政府高官の一人がその専門家の妻がCIAのエージェントであることを2人の記者にリークした。ところが、米国の法律ではCIAエージェントの身分をばらすと懲役10年の実刑になることがわかり、2人の記者はこの高官の氏名を明らかにすることを求められた。しかし、取材源秘匿の原則を守って記者自身が18ヶ月間拘留される危機に立っている。
5.ジャーナリストって誰?
 始末が悪いのは、この記者の一人、ニューヨークタイムズの女性記者が、それ以前にブッシュ側の言うままにイラクの危機を煽り立てる記事ばかり書き、社内でも批判の対象となっていた人物ということ。彼女が確信犯的にイラク攻撃に反対する要素を潰すことで「協力」したのだとすれば、メディアの良心もくそもない。
 しかも、この騒動の過程で、「取材源の秘匿」という原則そのもについての疑義さえ出てきた。ブログ・ジャーナリストまで含めた全ての「記者」に認められるべき、とする立場、「本当のジャーナリスト」かどうか厳しく見るべきとする立場、それは有名大手メディアに所属する記者のみの「特権」ではないかという反論などである。
6.米ジャーナリズムの行方
 話はジャーナリストの定義にまで遡ることになった。ハーバード大学の教授は「何の調査も活動もしないで机(PC)に向って勝手なことを書き散らしているだけの人物をジャーナリストとは呼べない」と断言する。
 しかし、ジャーナリズム(活動)が大手メディアの独占ではなくなりつつあることは否定しがたい。また、既存のジャーナリズムが、本来もつべき(権力に対する)監視役という機能を失いつつあることも事実であり、それは大きな危機である。
 
 金平は、これらの問題について「結論」を示してはいない。登場したハーバード大学の教授の意見についても紹介に止めているが、私(寄藤)はこの教授(元ABC記者)が既に現在のメディア状況を正しく受け止められなくなっている、と強く感じた。老残とまでは言わないが・・。
 米国において、ブログの暴走が、政府に批判的な政治家やジャーナリストを対象とする「個人攻撃」から始まった、という点は興味深い。日本でも、例えば「つくる会」の歴史教科書を批判する意見(論者)などに対して、激しい個人攻撃(というより罵倒)的な書き込みが見られるからである。
 かつて、インターネットを「市民を結ぶ新たなコミュニティの形成」などと過剰にロマンチックに持ち上げる議論が横行したことがある。多分ある種の極限的な状況ではその可能性はあると思われるが、現在の米国・日本のような、ある程度豊かで安全な環境のもとでは、ネットを利用して殆ど暴力的に「メッセージ」を発信しているのは保守的な、権力志向的な人々の方が多いのではないかと思われる。
 
 これだけの内容を、インタビューも含めて僅か13分で放送するのだから見る方も大変である。だが、民放の置かれている現状からすれば、これでも最高の頑張りと言うべきなのかもしれない。


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