図書館・書店について2
(Quora アーカイブ2018〜)


 

 2018年03月28日:どこに行けば、科学論文やジャーナルを無料で読めますか?

 2018年02月24日:公共図書館は、いずれ無くなってしまうと思いますか?

 2018年02月23日:ネット書店の台頭で街の書店が廃れてゆくのは悪いこと?

 

 


 
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 ■2018年03月28日:

どこに行けば、科学論文やジャーナルを無料で読めますか?

 一つの方法ですが、ご自宅か仕事場の近くでなるべく大きな大学を探します。
 その大学のホームページから大学図書館のページに入り、「学外者の利用」あるいは「市民開放」といったメニューを探します。そこに書かれている手続きを行えば、その大学の学生や教員でなくても図書館に行って学術文献を探して読むことができます。図書館ですから、読むだけなら当然無料です。
 決して全ての大学が行っているわけではなく、また「同じ市区の居住者に限定」「利用者カードの発行は有料」など、一定の条件をつけているケースもありますが、最近では多くの大学図書館がそのような地域サービスを行っています。


 
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 ■2018年02月24日:

公共図書館は、いずれ無くなってしまうと思いますか?それはなぜ?

  "公共" 図書館と "公立" 図書館とは微妙にずれるのですが、ここでは、いわゆる「県立。市区町村立などの、一般市民を対象とした図書館」のことと考えます。
 「無くなってしまう」の意味がよくわからないので、次のように分けて考えてみます。

1.市民の多くが利用しなくなってしまうため、存在する必要が無くなる可能性。
 それは無いと思います。
 特に子どもと子育て中の親、高齢者などにとっては大切なのですが、今後、本当の意味での生涯学習が必須となる一般の成人にとっても、とても重要な公共システムであり続けるはずだからです。
2.財政上の都合や、一部の偏った価値観から、設置者である行政が図書館というシステムを破壊、あるいは消滅させようとする可能性。
 その可能性は、残念ながら少なからず有ります。既に、市立図書館の公共性、システムであることの意味を理解できず、特定の「新古書企業」に丸投げした結果、その企業の不良在庫本の置き場兼レンタルビデオ屋のような施設にしてしまった町もあります。
3.インターネットの普及で「図書館のようなもの」は不要になる、という可能性。
 「印刷物など全て無くなる」というのと同じくらい馬鹿げた幻想です。

 最後に、日本では図書館という困った訳語が一般化していますが、世界共通の名称は「ライブラリー」です。そしてそれは「収蔵される資料」「その資料を収集・管理し、利用者に提供する専門スタッフ」「資料を安全に保管し、スタッフが仕事し、利用者に提供するための施設」という3つの要素からなるシステムです。さらに、図書館ネットワークという形で、地域ー国ー世界にわたって繋がってもいます。決してただの「館」や「貸本所」ではないのです。


 
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 ■2018年02月23日:

アマゾン等インターネット書店の台頭によって街の書店が廃れてゆくのは悪いことだと思いますか?

 「街の書店」と言っても性格はかなり多様です。
 最も目に見えて減ってしまった書店は、個人経営が中心のいわゆる「町の本屋さん」ですが、こちらを壊滅に追いやったのはアマゾンや電子書籍ではありません。
 これらの店の経営を支えていたのは、第一に、近隣の住民への定期購読雑誌の販売・宅配でした。ところが、定期購読雑誌の中心が子ども・学童向け雑誌だったため、少子化と子どもの活字離れの影響をまともに受けることになりました。また第二の柱は、週刊誌・文庫本の店頭販売だったのですが、最初はキオスク、次いでコンビニが週刊誌・文庫本を販売するようになったことで、さらに経営基盤を失ったのです。
 実際に、アマゾン等の影響を最も受けているのは、大都市の都心・副都心にある、地方では県庁所在地の中心部にあるような「一定規模の書店」の方です。ただ、影響は大きいのですが、中でも大手はそれなりに体力もあるので、独自にネット通販に乗り出したり、特色を強めるなどして対抗しています。
 さて、「廃れてゆくのは悪いことか?」という設問ですが・・・書店と言えども「商業者」ですから、需要が減れば店を畳むのは当然と言う他ありません。地方都市などで、町に書店がゼロという状態を防ぐために、行政が支援に乗り出す動きもありますが、市民の側がそれに応えて経営が軌道に乗れば良いですが、そうでなければいずれは撤退ということになるでしょう。つまり、廃止反対と叫びながら、実際には誰も利用しない地方ローカル線のように。


 
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