スポーツと社会 (ブログ・アーカイブ)


 

2014年06月28日:サッカー・ワールドカップ

2013年09月11日:天理大学柔道部暴力事件

2013年03月29日:蒼国来についての続報

2013年03月26日:大相撲八百長事件で「解雇 無効」判決

2009年07月25日:TBS の選手キャッチコピーに禁止通達

2008年08月26日:オリンピック 国家と個人と

2008年08月24日:シンクロ、井村コーチ

2008年04月20日: 聖火リレー問題

2007年11月26日:旭天山の引退

2007年09月26日:大相撲の自浄能力

2007年09月25日:朝青龍を追いつめたもの

2005年09月14日:大相撲という文化

  

  

  


 
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■2014年06月28日:サッカー・ワールドカップ

 サッカー、ワールドカップのグループリーグが終わり、日本は1敗2分けでグループ最下位となり、決勝トーナメント(ベスト16)には進めなかった。
 この結果について、メディア上には様々なコメントが流れている。

 実際に日本のサッカーの第一線に深く関わって来た人々、ワールドカップ "だけ" ではなく普段からサッカーに関心を持ち、選手やチームを応援してきたファンのほとんどは、この結果を冷静に受け止め、まずは監督と選手への敬意と感謝を述べている。
 一方で、まるで「それ見たことか!」「思ったとおり(駄目だった)」と言わんばかりの罵詈雑言を書き連ねるものも、残念ながら少なくない。
 ネガティブなコメントの中で、「期待した結果にはならなかった」ことに単純に失望して腹を立ててしまうケースは、まあ仕方がないと言える。
 そうではなく、もともと自分が気に入らなかった監督(ザッケローニ)や特定の選手(例えば本田)を、チャンスとばかりに "叩く" ことに精を出す一群の人々は実に醜い。また、「理由がつけば誰かを袋だたきにする」ことばかり常に狙っている、歪んだ攻撃性をネットで発揮する人々も、醜悪と言うより惨めなものである。
 ベスト16に進めなかったことを、「あり得ない失態」「国民への裏切り」などと騒ぎ立てる人々に訊いてみたい。
 <スペイン・イタリア・ポルトガルも、日本と同様にベスト16には進めなかった。あなたは、日本代表チームの実力がこれらのチームより "上" だと思うのですか?>

 実際に、本大会に出場したのは世界から選ばれた32チーム、一方日本の世界ランキングは40位以下なのである。また、グループリーグ4チームの中でも、日本のランクは最下位だった。
 もちろん、一つでも多く勝ってくれることを願って私も応援していた。しかし、上記の事実は、グループリーグ最下位が残念ではあるが「十分あり得る結果」であったことを示している。
 この「あたりまえの事実」から目を背け、自己肥大的な妄想を垂れ流したメディアにも重大な責任があると言わざるを得ない。非現実的な「夢記事」で煽り続けたメディアほど、今度は「叩き記事」に熱中している様子は、まさに「持ち上げておいて落とす」そのものである。


 
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■2013年09月11日:天理大学柔道部暴力事件

 まったく、呆れるしかない。

 天理大学は、1年生部員に暴力を振るった4年生部員を僅か30日の停学処分にしただけで、柔道部の籍は残すという "処分" を発表した。
 注意するべきなのは、「停学」というのは大学・教授会が決定することであって、柔道部にはそんな権限はない、ということである。
 実は、天理大は先に柔道部の「無期限活動停止」という "処分" を発表している。これは、当然(1年生を含む )全ての部員に適用されることになる。
 つまり、天理大学柔道部は、暴力を振るった4年生部員たちを(部としては)何ら処罰も処分もしていないのである。要するに、これらの4年生が悪い事をしたとは考えず、単に、世間を騒がせたから "自粛" して見せただけ、ということ。この件が "加害者" と "被害者" の居る「事件」だ、という認識が全く無いということが良く判る。

 1年生部員の立場から見るとどうなるだろうか。入学したての5月からいきなり理不尽な暴力を振るわれ、挙げ句に怪我までさせられ、それでも新人戦を目指していたら「無期限活動停止」で試合に出る機会も失われたのである。しかも、暴力4年生は全員「部員」として残っている。いずれ、「事を公にした=部外に漏らした」ことに対して、陰惨な報復が待っていることだろう。


 
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■2013年03月29日:蒼国来についての続報

 あまりにもデタラメな調査ー解雇であったことが明らかになった結果、どうやら相撲協会が控訴する可能性は低くなったようだ。支援者が提出した復帰支援の署名簿もいくばくかの効果を発揮すると思われる。油断は出来ないが、とにかく「(協会の)権威を守ること=解雇正当と主張、が第一」といった原理主義者の暴走が起きないことを祈る。
 スポーツ・メディアでは、控訴断念ー力士復帰が既定の事実のように報じられているが、2年間のブランクによる力の衰えをどのように克服するのか、復帰時の地位(番付)をどうするのか、といった多くの問題がある。
 これらについて、毎日新聞が27日の記事で判りやすくまとめている。(下記)

 また、言語教育関係のネットワークで、蒼国来(事件)について論じた素晴らしい論考に出会ったので、是非紹介したい。
 言語文化教育の分野で様々な活動をされている「谷岡ケイ」さんによる
『雑感 蒼国来がこの2年で教えてくれたこと』
である。

 *その後、相撲協会は最も理性的で適切と思われる対応に転換し、蒼国来関は名古屋場所で幕内力士として土俵に復帰、(ブランクがあるので)全敗するのでは・・という大方の予想(親方自身も含む)を裏切って、負け越しこそしたものの十分な健闘を見せた。(追記)

 

大相撲:八百長問題 元蒼国来解雇無効 協会、控訴断念の可能性 調査に疑問の声も
毎日新聞 2013年03月27日 東京朝刊
 
 大相撲の八百長問題で、日本相撲協会から関与を認定され解雇された元幕内・蒼国来(29)に対する解雇無効判決を受けて、協会は26日、両国国技館で4月3日に臨時理事会を開くことを決めた。八百長行為をしたという新たな物証の提示や、元蒼国来側が求めてきた元力士証人が出廷する可能性は低く、協会が争うには材料が乏しい。控訴断念の可能性もある。
 裁判への対応などを決める理事会に先立ち、協会は宗像紀夫外部理事(弁護士)を委員長とする危機管理委員会を開いて判決内容を分析し、4月1日にも北の湖理事長に報告する。ある委員は「協会側不利の流れは認識していた。これから過去の経緯について精査し結論を出したい」と話す。
 八百長問題の特別調査委員会は放駒前理事長(元大関・魁傑)体制下で調査を進めた。その中で、八百長に関与した元力士の証言が変転するにもかかわらず、引退勧告を拒否した力士を解雇した対応について「慎重にやっていなかったからこうなった(敗訴した)」と、調査に疑問を投げ掛ける声もある。また、公益法人への移行申請期限が11月末に迫る中、協会内に新旧体制の対立構図を抱えたままでは、認定機関に対し心証が悪くなるという見方もある。
 元蒼国来の解雇時の番付は西前頭15枚目。27日に夏場所新番付編成会議が開かれるが、八角広報部長(元横綱・北勝海)は「(蒼国来の)枠は考えていない」と話した。【上鵜瀬浄】


 
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■2013年03月26日:大相撲八百長事件で「解雇 無効」判決

 いわゆる「大相撲八百長事件」で、解雇された力士の一人で、最後まで無実を主張して裁判(地位保全)に訴えていた蒼国来(そうこくらい)の第一審裁判が結審し、「解雇 無効」つまり“冤罪”であったとする判決が出た。
 大相撲八百長事件は、若いうちに一気に出世できず、力の衰えるまま幕下に“定住”してしまった力士たちによる「互助会」的行為の行き過ぎが表面化したものだった。
 ところが、どうやらこれに相撲協会内部の「外人力士排斥派」が便乗して、無関係な外国出身力士を冤罪に陥れて解雇した事件 でもあったのではないかと私は考えている。
 蒼国来もそのような標的の一人だったのだと思うが、彼は断固として無実を主張して裁判に訴え、ただ一人結審まで闘ったのである。
 
 蒼国来は中国国籍のモンゴル人(内モンゴル出身)で、大柄ではないが将来三役は十分可能と言われた有望力士だった。 元々、真面目さとハングリーさは有名で、しかもなかなかの2枚目、人気力士になる可能性が高かった。
 
 相撲協会は、無実を訴えた多数の外国出身力士に、「日本にお前たちの居る場所はない」「黙って辞めれば退職金を払う」と迫って、解雇を受け入 れさせたという。
 蒼国来以外にも法的手段に訴えた力士がいたが、協会側の分が悪くなって“解雇”が難しくなると、退職金の上積みプラス1年間の給与の追加支払 いなどという条件を付けて「和解」に持ち込み、“自主的に退職”させている。
 本当に「不正行為」をしたことで解雇するというのであれば、退職金など払う必要はなく、このことを見ても協会は「真相」などどうでも良く彼ら を追い出したかっただけ、ということが良く判る。
 
 蒼国来は、一貫して“無実であること”、“力士を続けること”だけを主張し、金銭的な条件提示は全て拒否した。 また、所属する荒汐部屋の親方や力士たちも支援に回り、彼(の闘い)を応援するホームページの最初の版は部屋関係者が作成した程である。
 私は、総合的に見て彼は無実であると思っていたので、今回の地裁判決には救われる思いである。相撲協会側が、大きな決断をして、彼を力士に復帰させて欲しいと心から願っている。
 
 しかしながら、日本の「役所や企業」が同様の事態になると必ずやるのが「際限のない上告・抗告」という方法である。
 組織側は、担当者が替わりながら、かつ費用は「経費」で落としながら、いくらでも続けることができる。
 一方、個人の側は金銭的にも体力的にも追いつめられ、何よりも本人の時間=人生を空費させられ、やがて力尽きることになる、という構図である。
 <死んだ後で“勝訴”しても、何の意味もない!という例は過去に多数ある>
 
 このケースでも、現在29歳の蒼国来にとって、さらに裁判が続けば実質的に力士復帰は不可能になってしまう。
 相撲協会が「この手=時間稼ぎ」を使ってあくまでも蒼国来を排斥するのか、潔く「調査不十分」を謝罪して彼を力士の地位に戻すのか、一般的に は前者になる可能性が高いと考えられる。
 なぜならば、協会内部の議論の中で、必ず「これを認めると、(既に決着した)他の元力士までいろいろ言い出して大変なことになる」とか、「協会が一旦負けを認めた ら、次に(蒼国来が)何を言い出すかわからない」といった「意見」が出てくるであろうから。
 
 そのような方向に(協会を)行かせないためには、2つの方法しかない。
 第一は、市民の声。役所と違って大相撲は「観客」と「スポンサー」によって成り立っている。
「誤りを認めて、蒼国来を土俵に戻せ」という声が大きければ、これを無視することは難しい。
 第二は、文部科学省。日本相撲協会は文科省所管の財団法人であり、そこでの運営に問題があれば勧告・指導を行うことができる。
 これは選手(力士)の人生に関わる問題なのだから、全柔連の暴力問題と同様かそれ以上に重大なこととして関与してもらいたいと思う。
 文科省を動かすには、実は国会議員の「声」が決定的に有効である。ただ、そのためにはやはり市民の声、ジャーナリズムの発信が必要であること は言うまでもない。


 
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■2009年07月25日:世界陸上、TBS の選手キャッチコピーに日本陸連が禁止通達

 良かった、良かった。
 これまで何度もブログに書いてきたが、本当にひどかったからね。
 勝手なバラエティ化や織田裕二の余計な雑談(俳優としての彼は決して嫌いではない!)など、とにかくもうTBSには撤退してもらいたい。というか "追放" したい。
 ただ、「織田裕二(41)の熱いコメントとCCで盛り上げてきた」などと書いているところを見ると、この新聞もレベルの低さは変わらないようだ。
 

TBS世界陸上、選手キャッチコピーダメ!
 陸上の世界選手権(8月15日開幕、ベルリン)の独占放送権を持つTBSテレビが、日本陸連から選手のキャッチコピー(CC)を撤廃するよう通達を受けていたことが24日、分かった。
 同局では1997年のアテネ大会から独占放送を続けており、男子短距離の朝原宣治(37)を「燃える走魂」、男子400メートルハードルの為末大(31)を「侍ハードラー」などと日本人選手、有力外国人選手に独自のCCを付け、大会期間中に連呼してきた。だが、ネット上での批判や一部のネーミングに不信感を抱いた現場関係者も多く、高野進強化委員長(48)らが“強権”を発動したとみられる。
 この日、男女短距離とハードル陣の代表合宿が山梨・富士北麓公園陸上競技場で公開され、男子400継で中心となる塚原直貴(24=富士通)が「(高野)強化委員長がテレビ局に『(CCは)もういいんじゃないか』と言ったみたい」と明かした。
 TBS関係者も「確かにそのような話があったようです。今回は付けるにしてもかなり少なくなるはず」と認め、CCではなく、世界記録保持者など正当な肩書を使用することも検討中という。MCを務める俳優、織田裕二(41)の熱いコメントとCCで盛り上げてきた世界陸上中継が、方向転換を余儀なくされそうだ。
サンケイスポーツ(7月25日 7時52分)


 
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■2008年08月26日:オリンピック 国家と個人と

 オリンピックは国家間の競争ではないというのは建前で、選手も観客も結局は "国" を強く意識してしまうものなのだと改めて感じる。
 途上国のメダリストたちは誇らしげに "祖国のために" と語り、日本人選手の何人かはテレビカメラに向かって "国民の皆さんに・・・" と発言している。
 ところで、一般的に言う "出身国" と "出場国" が異なる選手の場合、選手本人にとって、そして応援する国民にとって、これはどういうことになるのだろうか。
 オリンピックに限らず、日本代表でこのケースに該当する選手は、ラモス瑠偉から田中マルクス闘莉王に至るサッカー選手がよく知られている他、アテネ大会ソフトボールの宇津木麗華などがあるが、全体では極めて少数である。少数であることと、その選手たちが "日本人になる" ために非常な努力をしていることによって、我々はこの問題をあまり意識せずにいる。その中でやや事情が異なるのは卓球で、中国出身の選手が多く、今回のオリンピックでも男子に韓陽、吉田海偉の2人が居るなど、その比率でも際立っている。
 一方世界では、陸上中・長距離で急速に台頭したアラブ湾岸諸国の選手の多くが、この種目の超大国であるケニアとエチオピアの出身であり、卓球に至っては、今回のオリンピック全参加選手の約1/3が元中国人であると言われる。
 卓球については、まさに中国から来日した選手に直接聞いたことがある。
 それによると、中国では、卓球の才能のある少年・少女を全国的に探し出して英才教育を行い、一定の力のある選手を大量に確保した上で、国家代表は徹底的な少数精鋭にするというシステムを確立している。したがって、国家代表や国内プロリーグのメンバーになれなかった多くの "選手 (それでも、世界的には相当強い!) " が実質的に失業してしまうこと、さらには、途中の年代で限界を感じても英才教育を受けていたために他の分野には進めなくなること、という問題がある。そこから、言わば "スポーツ移民" とも呼ぶべき現象が起きているのだという。
 恐らく、ケニア、エチオピアからの陸上選手の湾岸諸国への流出にも、同様の状況があるのではないかと考えられる。
 考えて見れば、アメリカのプロ野球は既にカリブ海諸国出身の選手が過半数を占めている。また、日本をはじめ世界中のサッカーのプロチームで多くのブラジル人選手が活躍している。日本人が "国技" と呼ぶ大相撲も、最高の地位である横綱は2人ともモンゴル人である。
 すなわち、 "国対抗" とは関係ないプロ・スポーツの世界では国境は確実に色あせ、才能ある個人が自由にその力を発揮しているのである。ところが、この自由な挑戦ということを憲章で謳い上げたはずのオリンピックで、選手は "国籍" に縛られ、大会は国家間の戦いになってしまっている。大いなる皮肉と言う他ない。
 さて、日本のマス・メディアは相変わらずメダルの数ばかり問題にしているが、そんなに "日本国" としてメダルが必要なら、湾岸諸国のように "輸入選手" を使えば良いのである。 "在住2年" で国籍を与え、国籍取得後1年で国際大会出場可能などという国が珍しくないのだから、現在の帰化基準を緩和すれば簡単ではないか。
 ただ、そうなるとこの国 (民) は、 "日本の金メダル" なのか "日本の金メダル" なのか、といってまた文句を言うことになるのだろう。


 
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■2008年08月24日:シンクロ、井村コーチ

 北京五輪のシンクロナイズドスイミング競技で、日本は初めてメダル無しに終った。
 チーム競技において、井村コーチが指導する中国に負けたことが大きな話題となっているが、明らかな誤解である。日本チームは不完全な演技と大きなミスによって5位と自滅したのであり、仮に中国がもっと弱かったとしてもメダルはとれていないのだから。

 実は井村コーチだけではない。
 デュエット、チームともに1位はロシア、2位はスペインという結果で、別格のロシアを除けば日本を完璧に打ち負かしたのはスペインということになる。
 スペインは、これまで独創的な表現力では高く評価されながら、技術的な粗さのために、安定した成績を残せなかったチームであった。
 そのスペイン・チームのコーチとなって、正確で繊細な技術を教え込んだのは日本人の藤木麻祐子コーチなのである。

 ネットを見ていると、 (井村氏について) "国賊" とか "裏切り者" などといった馬鹿げた書き込みをしている人々が居る。
 中国・韓国 (系の人々) のことになると狂気のような罵詈雑言を発し続けるいつもの連中はどうでも良いとして、もう少し "普通" の人々の中にも何やらひっかかることがあるように見える。
 また、中国代表チームのコーチに就任したことについて、井村氏の "動機" や背後関係に勝手な憶測や勘繰りを展開する記事も見られる。
 いずれにしても、何と貧しく惨めな発想しか出来ないのかと思う。

 日本のサッカーが少なくともアジアではトップのレベルになれたのは、クラマー、オフト、トルシエ、そしてオシム氏らの指導によってである。日本は強くなり、時にはフランスやオランダにも勝てるようになったが、彼等は母国で非難され、 "もう帰ってくるな、日本に永住しろ" などという言葉を浴びせられただろうか。
 今回のオリンピックのバレーボール女子のアメリカチームには、かつて中国女子のエースアタッカーとして世界的に知られた朗平氏がコーチとして参加しているが、観客からブーイングなど浴びた様子はまったく無い。

 一つの仕事について、相当の実績と自負と意欲をもつ個人が、その能力を評価してポストを用意してくれる先で働くのは当然のことである。井村さんや藤木さんも、ペルーの女子バレーボールを世界水準に引き上げた加藤さんや、世界中のオーケストラを指導している小沢征爾さん等と同様、我々が誇りとすべき人たちであると思う。


 
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■2008年04月20日:聖火リレー問題

 このところの北京オリンピックとチベット弾圧に関する問題について、またまた日本のジャーナリズムのお粗末さが際立ってきている。
 例えば、 "中国" という国家を相手にしたとき、朝日新聞には親中国的な、産経新聞には反中国的な傾向が見られるが、この両新聞社の場合には、それでも報道機関としての一定の自制、バランス感覚は認められる。
 しかし、一部の雑誌や "評論家" の中には煽動を意図しているとしか考えられないものも少なくなく、また殆ど商売のネタとしか考えていないかのようなNHKの報道の混乱もひどいものである。すなわち、チベットについては "それなりの" 報道をする一方で、聖火リレーについては世界の各地で何故これほどの混乱が起きるているのか、という根本の問題を棚上げして「混乱の無い成功を願う」式の能天気なコメントばかり流している。
 世界につながる認識と行動を、初めてきちんと示した善光寺は尊敬に値するが、それさえもNHKニュースは当初「混乱を恐れて・・・」などと報道しかけていたのである。
 現在進行中の「聖火騒動」に、中国政府が時々見せる大国意識、面子への過剰な拘り、頑迷さといったものが露出しているのは明らかで残念なことであるが、むしろ情けないのは、それを伝えるメディアのあまりにも根性のない、思想の欠けた報道ぶりである。
 この問題については、二宮清純氏のコラム(産経新聞)が明快に述べているので、少し遅いが引用する。
 念のために言うが、中国という国や中国籍の人々に対して私は全く悪意をもってはいない。上記の "色合い" で言えば、明らかに産経よりも朝日に近く、従来のようなアメリカ一辺倒ではなく、中国との良好な関係を正しく築いて行くことが、これからの日本にとって最も重要な課題の一つであると考えている者である。


【コラム・断】誰のため? 聖火リレー
 あえて挑発的に言うが、五輪の聖火リレーは神聖にして犯すべからざるものなのか。世界各国で北京五輪・聖火リレーへの抗議行動が相次いだことで、単なるプレ・イベントに過ぎない聖火リレーに注目が集まっている。聖火リレーが初めて行われたのは1936年のベルリン五輪である。発案者はドイツのスポーツ歴史学者だといわれているが、聖火がナチス式の敬礼で迎えられるシーンなどが報道され、ナチスドイツの政治的プロパガンダに利用された。
 以来、五輪前の聖火リレーは定番となったわけだが、発祥の地であるアテネ(2004年)はいいとして、北京五輪でも前回同様五大陸で大々的に聖火リレーを行う必要はあるのか。北京五輪でも大げさに聖火リレーを行う理由は二つ。中国政府の国威発揚策の具現化と「国際・聖火ツアー」という名の行き過ぎた商業化である。世界最高峰のチョモランマにまで行ってCO2を排出するというのは、これこそ環境破壊の象徴的シーンではないか。
 一部に「(妨害行動で)聖火を消すのは問題」との声もあるが、他国の公道で聖火を勝手につけたり消したりしているのは青い服を着た中国の“聖火警備隊”だ。彼らが守っているのは五輪の精神ではなく国家の威信である。
 26日、聖火リレーは長野を走る。「中国政府のチベット“弾圧”に抗議する」と言ってボイコットする気骨のある日本人ランナーはいないのか。「無事、大役が果たせてホッとしています」なんて言われた日には目もあてられない。
(スポーツジャーナリスト 二宮清純) 産経新聞 04/16 05:10更新


 
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■2007年11月26日:旭天山の引退

 かなりの相撲好きでないと知らない名前だろうが、過日の「朝青龍八百長疑惑事件」で一部のマスコミに「取り次ぎ役」と名指されたのを記憶している方があるかもしれない。
 そんな下劣な話ではなく、彼の引退は別の意味で大きな感慨を抱かせるものなのだ。

 旭天山は、1992年に現在幕内の旭天鵬、引退した旭鷲山と共にモンゴル出身力士の第一期として6名で来日し、3名が早々に挫折、残った3名の中で唯一 "出世できなかった" 力士である。
 太れない体質で、体重は結局100キロ程度で終始し、瞬発力や突き押しの力も不足していて185cmの長身を活かすこともできなかった。優しくおとなしい性格で、突っ張りや張り手などの取り口もなく、柔軟性と器用さに頼った小兵力士のような取り口で、16年間の力士生活の大半を幕下と三段目で過ごした。特筆できることは、初土俵以来一度も休場せず、16年間連続出場を続けたことぐらいという地味な力士なのである。

 例えば、18歳のあなたが仲間2人と遠い外国に行って、同じ仕事に挑戦したとしよう。
 他の二人は3・4年の間に一人前のプロとなり、一人は特異な能力を発揮して個性的な人気者となり、もう一人は優れた素質を評価されて "大器" と期待される。その中で、あなただけはいつまでたっても "半人前" のまま、10年以上にわたって成功した二人の "付き人" ばかりさせられたらどうだろうか。幕下以下の力士は、通常の意味でのプロとしての待遇ではなく研修生のような扱いであり、小遣いは貰えても給与は無く、羽織袴も足袋の着用も許されないのである。
 そんな状況で、あきらめて国に帰ることもせず、16年間一度も休まずに誠実に働き続けることができるだろうか。

 私が最初に旭天山を見たのは、未だ日本に来て間も無い頃だったと思うが、池袋のホテルのカフェであった。その後も、仕事の関係で毎週利用する新幹線で何度か見かけた。付き人を勤めていた旭天鵬と一緒のことが多かったように思う。
 いつも印象に残ったのは、細身の長身からにじみ出る優しさと清潔感であって、強い力士がもつ独特の迫力・存在感(一種の怖さと言っても良い)のようなものを全く感じさせない人だ、ということであった。 "相撲は喧嘩だ!" とか "相手を潰す!" といった朝青龍に代表されるような、ある種殺伐とした格闘家の空気とはおよそ無縁だったと思う。

 だから "幕下止まり" だったのだ、と言うのは容易い。しかし、最後の取り組みを終えて花道を戻る彼を出口で待ち受けた驚くほど多くのモンゴル人力士の人垣と、渡された巨大な花束とが、彼の16年間の力士生活が、出世とは別の価値あるものであったことを物語っている。
 スポーツ紙のニュースでも、本人の談話として「最初はすべてが大変だったけど、今は相撲に感謝している。2人が横綱になるなど、モンゴルの後輩たちが強くなって、とてもうれしい」と涙を流した、と報じている。彼は、自分を追い越して行く多くのモンゴル人力士に対して、親身になって相談に乗り、世話をしていたのである。

 日本国籍を取得しているが、引退後は相撲とは別の道に進むようである。未だ34歳、一般社会で言えば正に "これから" である。是非幸せな、充実した人生を送って欲しいと思う。

 16年間ごくろうさまでした。そして、日本の相撲界とモンゴル人力士への貢献、本当にありがとう。
 お幸せに!

旭天山

 
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■2007年09月26日:大相撲の自浄能力

 朝青龍事件どころではない。傷害致死あるいは殺人事件である。
 6月に起きた事件を今ごろ捜査するというのだから、慎重と言うよりは怠慢だと思えるが、愛知県警も腰を上げたからには本気で取り組んでもらいたい。
 事実経過はある程度明確で、入門2ヶ月目の17歳の新弟子が、搬送先の病院で "外傷性ショック" で死亡した、というものである。
  "外傷" は肋骨骨折、全身の擦過傷、顔面の著しい腫れ、さらには腿にタバコの火による火傷(いわゆる根性焼き)というものである。
 擦過傷はともかく、これらの傷が意味するのは明らかに "リンチ" あるいは "集団暴行" である。彼は、入門直後から "脱走" を繰り返していたという。脱走者に対するリンチは、程度の悪い運動部でも屡々見られることである。
 さて、日本相撲協会はどうするのか。
 大相撲の品位と名誉を "穢す" という点では、チャリティ・サッカーに参加しただけの朝青龍どころではないだろう。彼に下した2場所の出場停止と長期の謹慎という処分とのバランスを考えれば、半端なことではすまされない。
 とにかく死者が出ているのであり、刑事事件・犯罪なのである。事件に関与した力士については全員永久追放、時津風も親方株没収、協会役職は解雇とし、残った力士は他の部屋へ転属というあたりが最低線であろう。
 ところで、26日11時現在、産経新聞は何も伝えていない。


時津風親方を立件へ 力士急死巡り傷害容疑 愛知県警
Asahi.Com 2007年09月26日06時05分
 新潟市出身で大相撲の序ノ口力士、斉藤俊さん(当時17)=しこ名・時太山(ときたいざん)=が名古屋場所前の6月、愛知県犬山市でけいこ中に急死した問題で、師匠の時津風親方(57)=本名山本順一、元小結双津竜=が同県警の任意の調べに対し、斉藤さんへの暴行を認めていることが25日、わかった。兄弟子数人も「集団で暴行した」と供述しているという。県警は現在、死の直接的な原因を特定するため遺体の組織検査中で、結果を待って、同親方を傷害、兄弟子らを傷害致死の各容疑で立件する方針だ。
 指導をめぐって親方が刑事立件されることになれば極めて異例の事態で、角界全体の体質が厳しく問われそうだ。
 時津風部屋の県警への説明によると、斉藤さんは6月26日午前11時40分ごろ、犬山市犬山の寺院敷地内にある同部屋のけいこ場で、兄弟子とのぶつかりげいこ中に倒れた。搬送先の病院で午後2時10分に虚血性心疾患による死亡が確認された。
 県警は、親方や同部屋の力士ら関係者から、任意で事情を聴取。死亡前日の25日午前、斉藤さんは部屋を逃げ出そうとして兄弟子らに連れ戻された。こうした斉藤さんの態度に腹を立てた親方が、力士らとの夕食の席上、ビール瓶で斉藤さんの額を殴り、切り傷を負わせていたことがわかった。その後、けいこ場の裏手で兄弟子数人が斉藤さんを取り囲み、数十分にわたって殴るけるの暴行を加えたことも、親方らは認めているという。
 26日は午前7時半ごろからけいこの予定だったが、斉藤さんは起きてこず、午前11時10分ごろ兄弟子とぶつかりげいこを開始。約30分後に土俵上で倒れたが、119番通報がされたのは午後0時50分ごろで、それまでは近くの通路に寝かされていたという。


 
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■2007年09月25日:朝青龍を追いつめたもの

 体調不良を理由に巡業に参加しなかった横綱朝青龍が、子供の福祉の推進と国際親善のためのチャリティ・サッカー(中田英寿も出場)に10分間だけゲスト参加した。一度は断ったものの、母国政府やユニセフ代表に頼まれて断りきれなかったようである。
 そのことを悪意剥き出しで執拗に報道し、国民的憎悪をかき立てることにほぼ成功したのは産経新聞とそのグループである。
 巡業を主管する相撲協会役員たちが不快・不満に思うのはともかく、テレビカメラの前で「なんかヤダねェ」「もう辞めてもらっていいんじゃないですかァ」「もう日本に帰ってくるなって言いたい」などとしたり顔で言う "街の人" の不気味さが凄かった。
 本当に血のにじむような努力を重ね、前人未到の記録を作りながら一人横綱として長い間大相撲全体を率いてきた彼の貢献は、全て否定あるいは無視された。彼の心を引き裂いたのは、協会や親方ではなく、テレビ画面に展開された "日本人の悪意" だったと思う。
 相撲協会トップが比較的冷静だったのがせめてもの救いであるが、産経以上に(と言うか共同作戦だったのか)異常な言動を繰り返しているのが横綱審議会の内館牧子である。
 横綱審議会そのものが、現在の大相撲の状況やファンの意識とは大きくかけ離れた異常な組織であるが、それにしても、自分個人の単なる好き嫌いで勝手に「引退勧告」などと騒ぎ立てるのだから、なんとも思い上がったものである。品位・品格のかけらもなく、伝統文化としての大相撲を "汚し" ているのは、朝青龍ではなく内館牧子本人である。


 
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■2005年09月14日:大相撲という文化

 9月場所が始まっている。
 “絶対横綱”朝青龍が初日にいきなり負け、大関陣はメタメタ、いったいどうなることやら。最近続いている傾向として、朝青龍以外の上位力士の成績がまったく安定しないことが目立っている。
 横綱を頂点として“実力”どおりに番付が並び、成績も予定調和的に地位に比例する、というのが伝統的な相撲の姿である。仮に、毎場所のように、全勝の2人の横綱が千秋楽の結びの一番で雌雄を決するということが続いても、決してマンネリとは思わない・感じないのが相撲文化の特徴であった。
 ところが、ほとんど毎場所、大関の1人以上が目を覆うばかりの無様な相撲を見せてくれるのが、今日の現実である。上位力士の努力不足、すなわちプロ意識の欠如ということは勿論あるだろう。“場所が多すぎる”などという言い訳は、朝青龍の前では恥ずかしいだけだ。
 しかしそれだけでもない、という気がする。未だ明確には見えてこないが、何か大きな体質的な変化が相撲界に起きかけているように思えるのである。
 例えば、注目若手力士の一人である露鵬(ロシア出身)の、土俵上での闘志剥き出しの態度を、横綱朝青龍が批判するということがあった。かつての相撲の伝統では、横綱は下位の力士がどのようなタイミングで突っかけても受けて立たなくてはならないとし、その一方で下位の力士には土俵の上でも(勝負は別として)横綱に十分な敬意を払うことを義務づけていたからである。
 しかしながら、露鵬は「土俵に上がったら横綱も平幕もない」と真っ向から反論した。つい最近まで同様の批判を浴びることの多かった朝青龍が、苦い顔で「それでも礼儀というものがあろう」と再反論したのが面白かったが、結局、露鵬に対してかつての小錦や朝青龍に対するような厳しい批判が出ることはなかった。
 伝統的な相撲とは異なる傾向は、勝負を決する瞬間にも現れてきている。かつての相撲では、一部の自他共に認める軽量・小兵力士の場合を例外として、大きく体勢が決した勝負では無理な逆転を狙わないのが伝統であった。これを根底から変えたのはモンゴル出身の力士たちであり、彼等の驚異的な逆転技であった。今日では、古いタイプの典型である魁皇のあっさりした負け方に、むしろ観客の不満が集まるのである。
 考えて見れば、チームとして平均化されることのない個人の肉体の対決である格闘技において、常に全員が番付に比例した成績を収める、ということは考えにくい。つまり、かつての予定調和的な成績の陰には、かなりの“位負け”とか、“名前勝ち”といった要素が含まれていたのだと考えるべきである。
 私は、大相撲が現在日本で最も“国際的”なプロ・スポーツだと思っている。そして、その国際化をさらに進めて欲しいとも願っている。ただ一方で、上に挙げたような目に見えない変化もそこには生じるのではないか、とも考えている。


 
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