書評・紹介 (ブログ・アーカイブ)


 
 

2006年11月26日:バチスタとナイチンゲール

2006年08月14日:死亡推定時刻

2006年07月31日:新宿鮫・風化水脈

2006年02月22日:博士の愛した数式

2005年10月25日:国語教科書の思想

2005年10月14日:Deaf Man

2005年09月22日:震災列島

  


 
 
 
 
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■2006年11月26日:バチスタとナイチンゲール


 

 『チーム・バチスタの栄光』2006年2月初版、『ナイチンゲールの沈黙』2006年10月初版、ともに海堂尊の作品をハシゴで読んだ。  まず『バチスタ』、文句無しに面白い。もう絶賛するしかないくらい面白い。何よりも登場人物(医学関係者)が魅力的で、中でも主人公である神経内科の医師田口公平のリアリティが凄い。もう一人の主役である厚生労働省役人の白鳥圭輔は、キャラクターとしてはさらに強烈で面白いのだが、リアリティという面ではやや不満が残る造形である。  例によってストーリーは紹介しないが、とにかくお勧めの1冊であることは間違いない。  対して『ナイチンゲール』は作品としては明らかに劣っている。ここでも田口医師は代わらぬ魅力を発揮しているし、白鳥もさらにパワーアップしているのだが、何しろ登場人物が多くなり過ぎている。  その中でも人物造形がはっきりしていない典型が加納警視正である。最初のうち、前作(バチスタ)の白鳥に代わるキャラクターなのかと思っていると、後半になって“本家”白鳥が登場した途端に影が薄くなってしまう。  全体として、病院(医学)関係の人物像と彼等の動きはとても活き活きと描かれていて面白いのだが、“外”の人間になるとどうも上手くないように思われる。  つまり、第二作(ナイチンゲール)では「明らかな殺人事件」を設定してしまったために、警察関係者を登場させることとなったが・・・ということなのだろう。  この作者には、これからも「病院もの」「医学もの」に絞って傑作を書いてもらいたいと思う。


 
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■2006年08月14日:死亡推定時刻


 
死亡推定時刻表紙

 光文社文庫の新刊、著者は朔立木(さく・たつき)。ハカマによるとフジ・テレビ系列で9月にだラマ化されるとのこと。
 ストーリーは比較的シンプルで、地元で評判(悪評も含めて・・)の資産家の娘が誘拐されるところから始まり、容疑者が捕えられ、送検・起訴されて1審で有罪となり、無実を訴えて上告、2審判決が出るまでを描いている。
 全体として際立つ特徴はその独特の“しつこさ”である。T.カポーティの『冷血』や佐野眞一の『東電OL殺人事件』のようなドキュメンタリー(ノベル)を思わせるような筆致で、丁寧に緻密に事件と捜査の様相がつづられている。
 読み始めたところで私が好感をもったのは、警察の捜査、検察の動き、裁判の進行がものすごくリアルに描かれていることだった。最近のテレビドラマの滅茶苦茶さにはいい加減うんざりしていたので。
 いくらフィクションと言っても、一警察官が何の手続きもせず勝手に県境も国境も無視して“犯人”を追いかけたり、“反省した共犯者”が連行されることもなく崖の上で泣き崩れていたり・・・。ま、代表は“湾岸署”と“十津川警部”だけどね。
 途中からは久々の興奮でありました。私にとってはここ何年かの最高傑作の一つと言って良いのではないかな。ただし、決して読みやすい小説ではない。難解というわけではないが、ほとんど報告書か研究論文のような文章で、上にも書いたとおり緻密で執拗な記述が続くのだから。
 ここには書かないが結末もまた良かった。
 と言うわけで、いわば評価五つ星なのだが、こうなるとドラマが心配である。


 
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■2006年07月31日:新宿鮫・風化水脈


 
新宿鮫・風化水脈表紙

 大沢在昌の新宿鮫シリーズ8「風化水脈」。
 「氷舞」「灰夜」と私的には“鮫らしくない”と感じる作品が続いていたが、原点に戻ったという印象の作品である。
 例によってあらすじは書かないが、印象に残ったことをいくつか挙げる。
 まず、大きな枠組みとなっている日本の暴力団と中国人組織の微妙な連携と対立。この現象が現実に進行していることは、栃木県の現金強奪事件でも明らかになっている。「優れた文学作品は時代を予見する」例の一つと言えよう。
 登場人物では、何と言っても真壁である。「組」のために命がけで身体を張り、後遺症の残るからだで出所してきた古いタイプのやくざ。鮫との間には互いに対する敬意と一種の友情が生まれている。
 そしてもう一人、駐車場の管理人として鮫の捜査に深く関わることになる老人。
 ネタばれになるので詳しくは書かないが、この作品の主題は「愛」なのである。


 
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■2006年02月22日:博士の愛した数式


 
博士の愛した数式表紙

 「博士の愛した数式」(小川洋子著)
 評判通りの、いや予想を遥かに超える素敵な小説である。
 特徴的なのは主な登場人物の少ないことで、語り手でもある女性とその息子、彼女が家政婦として訪問する数学者の博士、博士は離れに一人で住んでいるが、その母屋に住む彼の義姉(未亡人)、という4人だけなのである。
 博士は事故の後遺症で、新しい記憶が80分しか続かないので、女性は毎日「新しい家政婦」として自己紹介しなければならない。それでも、彼女と博士、そして彼女の息子という3人の間には不思議な心のつながりが生まれ、それは一種の「愛」とも呼ぶべき静かな美しい交流に育って行くのだが・・・。
 そして、もう一人の登場人物である未亡人は、ほんの時々しか登場しないが、小説全体に深い奥行きを与える存在である。

 ところで、これだけ素敵な小説を映画化すると“イメージ破壊”になるケースが少なくないのだが、現在公開中の映画は好評のようである。
 未見だが、深津絵里、寺尾聰という2人はまさに最適の配役だと思う。そして浅丘ルリ子の未亡人も。他の2人はともかく、博士を演じられるのは正しく寺尾聰しかないだろう。


 
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■2005年10月25日:国語教科書の思想

 『国語教科書の思想』 石原千秋著 ちくま新書563

 新書ではあるが、結構内容が濃いので簡単に要約することは難しい。著者が「あとがき」に記している文章がこの本の“意図”を最も良く表していると思うので、以下に引用する。

 『私がこの本で主張したことはたった二つしかない。一つは、いまの国語教育は道徳教育に傾きすぎているということだ。もう一つは、国語教育に「批評」という高度な精神活動を導入すべきだということである。道徳教育で押さえ込むのをやめて、「批評」活動を通して「個性」を育てる方向へシフト・チェンジしなければ、日本はもう世界で生き残れないのではないだろうか。』

 全体の構成は極めて明快である。
 第一章 「読解力低下問題」とは何か
 ここでは、OECDが世界41カ国の15歳の子供たちに実施した「生徒の国際学習到達度調査=PISA」の2003年度の結果で、日本の子供の成績が大きく低下したことが日本の教育界に与えた衝撃を中心に、日本の「国語教育」の問題点と「改革論」の危うさを論じている。具体的には、この結果がPISAの実際の試験内容を全く知らない(と思われる)人々によって、歪んだ形の国語教育批判につながったこと、それとは別に「ゆとり教育」と称する改革がやはり国際標準での「読解力」を大きく低下させたと考えられることを述べている。
 第二章 自己はどのように作られるのか――小学国語
 ここでは、最大のシェアをもつ光村図書発行の小学校国語教科書の内容について、とりあげられるエピソードや主題の構造とそれらの言説の分析を通して、明らかに特定の価値観に偏った“見えない道徳教育”が行われていることを指摘している。それは例えば“自然に帰ろう”という現実と乖離した情緒的な訴え、多くのエピソードにおける“田舎の美化”、そして全体を通じて目に見えぬ形で押し付けられる“与えられた正しさ”への服従である。
 第三章 伝える「私」はどこにあるのか――中学国語
 ここでは、シェア第一位の光村図書版と同第二位の三省堂版の二つの中学校国語教科書をとりあげ、どのようなことを“教えよう”としているのかを論じている。光村版についての論考が主となっており、「伝えあう」ことを強調する一方で「内省」の重要性が全く考慮されていないこと、「主観」と「客観」についても極めて粗雑な扱いとなっていること、そして“わたしたち”という正体不明の主語によって全てを片づけることの危険を指摘している。

 特にまとめた形の“結論”は明示されていない。全体として上に引用した問題提起が丁寧に繰り返されているのであるが、一つの“結論”として、著者は第一章で「国語」という教科を「リテラシー」と「文学」という2つに再編成することを提案している。

 この国語教科の再編成については私も賛成であり、「文学」という教科の設置にも全面的に同意である。しかしながら、著者の提案する「リテラシー」の内容には賛成できない。著者石原の説に従えば、自然科学的な説明文から社会的な内容のものまで、すべてにわたって“批判的に読む”科目ということになるが、それでは「理科」も「社会科」も吸収した“総合教養”となりかねない。学校で与えられる知識の大部分は教科を問わず“テクスト”として与えられるのであり、そこから“読むこと一般”だけを取り出して一つの教科とすることには無理があり、言わば“国語帝国主義”ともなりかねないからである。

 私は「リテラシー」よりコミュニケーション能力の育成に絞った「日本語」という教科の方が緊急に必要だと考えている。
 「センセエ・・試験ってェ・・・(ニヤニヤ笑い)」
     <試験がどうかしましたか?>
 「えっとォ・・・どんなァ・・・問題がァ・・・出るんですかァ〜」
     <そんなこと教えられるわけないでしょ!>
 「んとォ・・・そうじゃなくってェ・・・マルバツとかァ・・・」
     <試験の形式を知りたいということですか?>
 「うん・・・ア、ハイ・・・・・ヘヘヘ」
 石原氏は経験無いのかも知れないが、こういう“大学生”を日常的に指導しなければならない教員も、全国には少なからず居るのである。

 著者の言う“批評する力”を養うことの必要性に異存はない。社会的な視点を欠いた理科教育がオウムの幹部を生み、最も単純な数学的論理の応用もできない社会科教育がマルチ商法の被害者を生み続けているとも言えるからである。しかしながら、物事を批判的に見る力、複眼的な視野を育てることなどは、全ての教科にわたって進めるべきことであり、国語教育などといった狭い枠に閉じこめるべき問題ではないと私は考える。

 内容の紹介とコメントはこの辺で止めるが、教育全般と国語、さらには“テクスト分析”という手法に関心のある方にとっては、一読の価値がある本である。


 
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■2005年10月14日:Deaf Man

 「87分署シリーズ」(エド・マクベイン)を再びちらちらと読み直している。

 このシリーズは、言うまでもなくニューヨークをモデルとする「アイソラ」という架空の都市の警察を舞台として、刑事たちの活動や日常、人間関係を描くドラマである。強いて言えば、イタリア系のスティーブ・キャレラが主役であるが、他にもユダヤ人であるマイヤー・マイヤーなど個性的な登場人物が多い。

 当然、主要な刑事たちは毎回登場するのに対し、事件、犯人については作品ごとに異なるものが描かれる。
 ところが、唯一何作品にもわたって登場している“犯人”が居り、それが表題の「Deaf Man」なのである。
 名前(愛称?)のとおり、彼は聴覚障害者である。初期の翻訳では「つんぼ男」と訳されていたが、最近では「デフ・マン」とされているようである。

 全世界で圧倒的な人気をもつベストセラー小説における、この「Deaf Man」の存在は、障害者と差別という問題についての日米の違いの大きさを痛感させる。
 障害者差別の解消については、明らかに日本より先進的な法・社会制度をもつアメリカにおいて、大ベストセラーの中で「Deaf Man」という言わば“身も蓋もない”呼称が問題なく使われていること。
 一方、日本では翻訳が改変され、かつてドラマ化されたシリーズには彼の登場作品は無かったこと。
 そして何よりも、彼は天才的な犯罪者という設定なのだが、日本のサスペンス小説やドラマで、身体障害者を“犯人”(悲劇の、などでなく本当の悪人の)にした作品が過去いくつ存在しただろうか、ということ。

 “差別しない”ということが、特別扱いしないことと同じであれば、当然“悪い奴”が居ても良いはずである。
 まだまだ、見えない差別の根は深い。


 
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■2005年9月22日:震災列島


 
震災列島表紙

 昨年10月に刊行された小説『震災列島』(石黒耀著・講談社刊)を改めて読む。
 かなり変わった小説である。
 第一は、地震と津波という災害について、かなりのしつこさで書き込んでいること。しかもその部分の記述が、(ある程度の専門知識をもつ私から見ても)きわめて専門的かつ正確なことである。
 例えば、「プレート型地震」と「活断層直下型地震」という2つの地震が全く異なる現象であることを丁寧に説明していて、メディアの“地震防災ネタ”によく見られる両者の混同に対する適切な批判と補足になっている。また、長年にわたって無批判に進められ、巨額の国費をつぎ込んだ上で実質的に崩壊した地震“予知”プロジェクトにも、著者は鋭い批判を浴びせているのである。
 第二は、話が途中から妙な方向に逸れて行き、果ては森村誠一の『流星の降る町/星の町 』などとどこか似た感じの“市民 VS 暴力団”の私闘ストーリーになってしまうことである。
 ま、それなりに面白いのだが話が分裂しているような具合で、私としては地震・津波そのものをドーンと真ん中に置いて、政府の無能ぶりなどもきっちり描く「パニック・ストーリー」に徹して欲しかった、という気がする。

 決して「読んだ時間を返せ!」となるような小説ではないことは保証するが、欲を言えば・・・・である。
 ちなみに著者は「医師」とのこと。私はてっきりどこかの“頭に来た”地質屋かと思った。


 
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