ドキュメンタリー・教養 (ブログ・アーカイブ)


 
 

2009年03月03日:黒木メイサ <トップランナー>

2007年01月25日:アクターズスタジオ・インタビュー

2006年10月29日:世界の教育番組から

2006年09月01日:荒川静香

2006年07月10日:中田英寿

2006年01月29日:女将三代

2005年12月10日:仲代達矢 いま挑戦の秋

2005年07月17日:NHKのど自慢・イン・ソウル

2005年07月05日:最後は神頼み

2005年03月21日:9・11テロ〜イラク戦争 BSが伝えた人々の記録

2005年02月08日:冤罪調査

2004年08月04日:その時歴史が動いた

    


 
 
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■2009年03月03日:黒木メイサ <トップランナー>

 NHK総合深夜「トップランナー」に黒木メイサが登場。
 何十年に一人というべき女優(素材)だと思う。つか・こうへいが "発掘" し、倉本聰が連続ドラマの主演格に2度も起用していることからも間違いない。
 番組は、箭内道彦と SHIHO の2人が司会するインタビュー型式で、フロアに少数の観客を入れて質問させるなど、私の大好きな「アクターズ・スタジオ・インタビュー」を意識した(はっきり言えばマネした)造りとなっている。
 さて、主役の黒木メイサは想像以上に素晴らしかった。
 第一に、自分の頭で真剣に考えて、自分の言葉で語っていたこと、第二に、きちんとした美しい日本語で話していたこと。 "あたりまえ" だと言うなかれ。この2つのことが全く出来ない若いタレントが、如何に多いことか。
 もう一つ、司会の箭内道彦が意外にと言っては失礼かも知れないが "良い" のが印象に残った。同種の番組である「仕事の流儀」における茂木某の頭の悪さ(脳科学者だそうだが!)品格の無さとは対照的である。相方の SHIHO が特に悪い訳では無いのだが、この回を見る限り司会2人は必要ない。箭内道彦一人で十分である。
 実は、最も痛烈に印象に残ったことは他にあった。
 上にも書いたが、フロアの客がゲストに直接質問する機会を設けているのだが、放送された質問が、「筋肉を鍛えている人間が好き、ということだがアメフト選 手は好きか?」(男)、「食べ過ぎて体重が増えてしまうことはないのか?」(女)という馬鹿げたものだったことである。
 黒木はいずれにも丁寧に答えていたが、それまで箭内の良いリードに乗って演劇、映画、つかと倉本のこと、風のガーデンにおける緒形拳さんの想い出など、など内容の濃い話を続けてきた時間が、この馬鹿2人によってぶち壊されたことは間違いない。
 この2人の質問者は、黒木メイサのことを有望で魅力的な一人の女優=プロの演技者としてではなく、ただの美人タレント=女の子としてしか見ていなかった。 すなわち、それまでの話なんかまったく聞いていなかったのであり、まして、この素晴らしいゲストから自分が何かを得よう、学ぼうなどとは微塵も考えていな かったのである。
 もっと内容のある質問もあったがNHKが上の2人を選んだ、という可能性は否定できないが、あまり現実的とは思えない。(思いたくない!)
 これ以上は言いたくないが、是非「アクターズ・スタジオ・インタビュー」を見て欲しい。そして、そこでアメリカの若者たちがゲストにどのような質問をし、ゲストがそれにどんなに真剣に、しかし温かく熱心に答えているかを見て、考えて欲しい。


 
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■2007年01月25日:アクターズスタジオ・インタビュー

 大好きな番組の一つ「アクターズスタジオ・インタビュー」、NHK総合での今夜の放送のゲストはジェニファー・コネリーだった。実在の数学者ジョン・ナッシュをモデルとした映画「ビューティフル・マインド」の妻役でアカデミー賞をとった女優である。

 番組終盤にやる恒例の連続質問の中で、「うんざりするものは?」という問いに、「ジョージで始まってブッシュで終わるもの」と言い切った。
 いろいろ批判される国だが、こういう瞬間にアメリカという国家と国民に「民主制」が本当に根付いていることを強く感じさせられる。

 アメリカの有名女優には、アップにすると(日本人には)あまり美しく感じられない人が少なくないのだが、彼女は本当に美しかった、なんてことはどうでも良い!

 今夜の放送でもまたまた痛感したのは司会のジェームズ・リプトンの凄さ。ゲストの人生と仕事(作品)についての徹底的な下調べ、その情報を生かしてゲストの内面を引き出す対話の力、ゲストに対する「押し」と「引き」の絶妙のバランス、などなど本当に敬服する。
 と言うか、少しでも近づきたい、仕事の中で真似てみたいと痛切に思う。


 
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■2006年10月29日:世界の教育番組から

 NHKで放送された「これが世界の教育番組だ」が、世界各国で制作された素晴らしい番組をいくつか紹介していた。中でも、本当に良いと思った「パパット家の人びと」と、改めて日本の問題を浮き彫りにされた感のある「タバコ産業の秘密」を紹介する。

 「パパット家の人びと」は、家庭における食生活の問題をコメディ風に描きながら、食事の改善と健康の維持の大切さを教える番組である。
 塩分と油気が多く肉が中心の料理を、大量に作って大食いする食事風景がコミカルに描かれる。続いて息子が通う中学の授業で、チェック・リストを使って家庭の食事の「健康度」を検査する場面となり、その結果のひどさに驚愕する息子が登場。彼は家に帰ると家族を説得して強引に栄養バランスだけで考えた「理想のメニュー」を実現させるのだが、その味気なさに家族のフラストレーションが溜って・・・と話は展開する。最後は、適度な肉料理やスパイスは活かしつつ過度の塩分や油は控える、という現実的な結論に至る。
 これだけなら珍しくもないのだが、深く考えさせられたのは舞台となる「パパット家」がインドからの移民の一家であったことである。その食事風景や、髭を蓄えた肥満体の父親、そして背景に流れるインド風の音楽など、一つ間違うと差別的になりかねない際どい描写、キツイ冗談はまさにイギリス人の特技である。
 しかしながら最も重要な事は、移民の一家を通じて「極めて普遍的な問題」を描くことで、民族的多様性(=彼等がそこに居ること)の普遍性を最も自然な形で伝えようとしていることである。日本では、「普遍的・一般的な問題をとりあげるのなら<普通の日本人>が主役であるべき」という強い思い込み、あるいは社会的・政治的圧力のために、残念ながら実現不可能に思える番組だからである。

 「タバコ産業の秘密」は、ヨーロッパの放送局の制作であるが主にアメリカで取材している。内容は、喫煙が健康に有害であることが明らかになった以後も、アメリカの大手タバコ産業がどのようにメディアを利用して若者、さらには子供にまでイメージ宣伝を行い、販売量を増やして来たかをとりあげている。
 喫煙という行為を一種のファッション戦略で広めようとした悪質さを鋭く描いて、健康教育だけでなくメディア・リテラシー教育としても大変優れた番組であった。
 この番組に関して最も衝撃的だったことは、その内容ではなくNHKの態度である。番組の英語での筆頭タイトルは「Smoking Epidemic」、直訳すれば「喫煙の蔓延」あるいは「流行(病)としての喫煙」といったことになるのだが、NHKが紹介したタイトルは「タバコ産業の秘密」なのである。
 「喫煙はニコチン依存症というあきらかな病気であり、モノとしてのタバコとは別の<行為>の問題である」というのが世界の先進国の共通認識である。
 しかしながら、日本ではこのような認識は教育現場でさえ徹底的に排除され、単なる「マナー」の問題にすり替えることが執拗に行われている。番組タイトルの(明らかに意図的な)異訳を見ると、NHKも同じ「立場」をとっている、あるいは「とらされている」ことが透けて見えてくるからである。


 
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■2006年09月01日:荒川静香

   31日のテレビ朝日系「報道ステーション」で、アメリカでアイスショーに出演(と言うより挑戦)中の荒川静香の様子がレポートされた。現地でインタビューしたのは松岡修造。
 短いルポだったが中身は濃かった。
 世界選手権、オリンピック両方のゴールドメダリストと言っても、それだけではアメリカのアイスショーの観客には通じない。観客たちに聞いても、アラカワシズカなどほとんど認知されていない。日本人と見て佐藤有香の名前を挙げた客が居たことが象徴的で、“彼らの中で”つまり、アメリカ国内でアメリカ人によってワールドクラスであると承認されて初めて認められるという構造である。この辺りは“海外での評価”を気にする日本人とは対極である。
 しかも、遅れて参加した荒川はプログラムに写真が無く看板に名前も記されていない。それでも荒川は挑戦できることを心から楽しんでいた。“楽しむ”と言っても最近の若い選手のような半端な意味ではない。入場の拍手が(知られてないので)少なかったとしても、演技終了の時に大きな拍手を貰えればそれでよい、ときっぱり言い切る表情が素敵であった。アマとプロの違い、アイスショーにおいて観客をどのように魅きつけるのか、といったことをアメリカ人スタッフに真剣に教わる姿も紹介された。
 ショーにおける演技をオリンピック時の同じ演目と比較した画面も興味深かった。
 それにしても、本番の演技は表現力という面でさらに高いレベルに到達していた。ジャンプの回転数やスピンの回数などの“技術点”に縛られず、観客を感動させることだけに集中した素晴らしいものであった。本当に美しかった。
 演技が始まると間も無く観客が息を飲む気配があり、途中からどんどん拍手が大きくなり、終わったときの総立ちに近い拍手喝采まで、観ていて思わず涙が出た。暗い観客席でよく見えなかったが“熱い修造”もきっと泣いていたと思う。
 最も厳しいとされるラスベガスの観客が、開場前とは一変して荒川を絶賛しサインを求める風景は感動的だった。
 “○○のため”などという小さなナショナリズムにも国境にも縛られない、世界を舞台に自分の理想を追求する本当のプロが、また一人生まれる瞬間を見ることができたと思う。


 
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■2006年07月10日:中田英寿

   今夜テレビ朝日系で放送のワールドカップ特番で、中田のインタビューが放送された。
 彼がいかに優れた「眼」で日本代表チームとその試合内容を見てきたかを改めて痛感させられた。
 そして、中田を中心に編集されたビデオからは、試合の後半に他の日本選手が立ち止まり、歩いている中で、疲労からよろめきながらも一人走り続ける彼の姿が浮かび上がった。
 慎重に言葉を選んで話していたが、中田の表情からはやはり「4年間の結果がこれなのか!」というやりきれなさ、絶望感が伝わってきた。

 それはさておき、面白かったのはスタジオのセルジオ越後氏が本気で怒ったこと。
 1.一人の選手の引退にメディアは騒ぎ過ぎているのではないか
 2.(参加したのは)個人ではなく日本代表というチームである
 3.したがって、そこでの結果の「総括・反省」は皆が、ジーコがするべきだ
 4.中田が背負ってきたことは、本来監督がやるべきことではないか
 5.このままでは、結局中田にもっと甘えるだけだから、引退するのは良いことかもしれない

 まったくそのとおりだ。


 
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■2006年01月29日:女将三代

 少し古い話だが、1月15日と20日(再)に放送されたNHK「にんげんドキュメント ―女将三代―」。能登和倉温泉にある創業百年の老舗旅館「加賀屋」の女将を追ったドキュメントである。
 昔話に出てくる写真だけの先代女将が尋常ではなかった。夢に見そうな迫力!
 それはさておき、現女将の小田真弓さんは最高だった。
 昨年末、某タレントの“エロカッコイイ”などと言うのが話題になったが、小田さんは言ってみれば最高に“怖格好いい”方である。
 見終わって強く心に残ったのは、日本の“伝統的社会”のなかでの女性の地位、ということ。少なくとも商業やサービス業の世界では、女性差別はむしろ近代以降に創られたものなのではないか、という思いが強くなる。


 
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■2005年12月10日:仲代達矢 いま挑戦の秋

 NHK「仲代達矢 いま挑戦の秋」(人間ドキュメント)を観た。
 仲代さん、もう72歳になったのだね。昔は本当に「格好良い」、そして知的な雰囲気の一方で「男くさい」「怖い」、ま、今風に言えば“濃い”俳優だった。
 夫人の宮崎恭子さんが亡くなってから少し印象が変わり始めたが、しかし全体としてはやはりナカダイタツヤだなあ。
 今回の番組、「とにかく凄い」の一言。
 72歳の仲代が76歳の奈良岡朋子と組んで「ドライビング・ミス・デイジー」の舞台劇を創り、半年にわたる旅回り公演を行うという。その準備を追ったドキュメントであった。
 NHKの番組宣伝にもあった「衰える記憶力との闘い」も鬼気迫るものだが、もっと凄いのは、その苦しむ姿、ある意味ではみっともない姿を記録・公開させる仲代の意志の強さではないか。このドキュメンタリーそのものを自分を追い込む手段とし、現実を公開した上でさらに上を目指す自信。本当に凄い人だ。
 そして、せりふで苦労していても家事が駄目でも、やっぱり何とも言えない色気のある最高に“格好良い”おっさんだ。


 
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 ■2005年10月10日:あなたが大切だ

 公共広告機構という機関がある。
 各種のメディアを通じて“公共的な”広告を流す機関である。
 “公共”という言葉が必ずしも“われわれ”を意味しないこの国において、ある意味で潜在的な危険をはらむ機関であるとも言える。
 しかしながら、これまでのところ、この機関が伝えるメッセージは一定の健全性を保ち得ていると私は思う。

 その公共広告機構の今年のキャンペーンは、なかなか良いので紹介したい。テーマは自殺の予防である。
 テレビ、ラジオでは以下のような言葉が音声で流れる。


     命は大切だ。
     命を大切に。
     そんなこと、
     何千何万回
     言われるより、
     「あなたが大切だ」
     誰かが
     そう言ってくれたら、
     それだけで
     生きていける。

     公共広告機構です。


公共広告機構ポスター


 言うまでもなく、このメッセージのポイントは“命”ではなく“あなたが・・”である。

 あなたは、今日一日の間に、誰かに向かって“あなた”“君”あるいは“名前”で呼びかけたことがあったろうか。あるいは、“私は”という主語でだれかに語りかけただろうか。

 いつの間にか、“私”を隠して「私ども」とか「弊社」とか「国」とかばかり言ってないか、“あなた”を避けて「皆様」とか「諸君」とか言ってないだろうか。

 この「ことば」を考えたコピーライターは素晴らしい。
 そしてこのコピーから、私は中島みゆきの名曲「誕生」を想い出す。


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■2005年7月17日:NHKのど自慢・イン・ソウル

 ソウルの世宗文化会館で、“日本ののど自慢大会”が開かれるとは!
 韓国側の「文化解放」のひとつの到達点という感慨がある。

 観客は高齢者と若者に2分されているように見えた。

 圧倒されたのは、芸術大学の大学院で民謡を研究しているという男性だった。
歌ったのは日本の演歌で、ゲストのキム・ヨンジャが驚きの表情を浮かべて絶句するほどの歌唱だった。
 私の知らない歌だったが、見事なリズム感と美しく伸びる高音の張りで、たった2分弱の歌声で聞き手の心を揺さぶる「力」は圧倒的なものだった。
 グランプリを、それほど上手ではないが“初々しい”歌い方の若い(とても可愛い)女性に与えたのはNHK的な判断だろうが、番組を見終わった後では、この男性の印象が強烈であった。
 久々に「声の力」ということを考えさせられた。

 繰り返すが、韓国の一般市民が日本語の歌を歌う大会がソウルの中心で催された、ということの意味は大きい。
 亡くなった吉屋潤がこの光景を見たらどんなに喜んだことか。字幕も何も出なかったが、オープニングの歌「朝のくにから」が彼の作品であったことに、スタッフの中に「解っている」人が居るのだと感じた。
(偶然の一致だとしたらあまりに寂しい)


 
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 ■2005年7月5日:最後は神頼み

 6月28日放送の「プロジェクトX」は、国際協力として行われたギニアにおける基本地図作成プロジェクトをとりあげた『地図のない国・執念の測量1500日』(再放送)。

 その中で聞いた素敵なことば。
 ギニア奥地で測量中、人工衛星からの電波を受信する機器が故障した際に、集まってきた少数民族の先住民が、生贄の鶏を捧げて(回復を)祈ってくれた、というエピソードについて。

“私達も本当に困ったときは最後は神頼みですからね。みんな同じなんですね”

 このシリーズ、強引な「ものがたり」仕立て、手放しの「あの頃」賛美、見え見えの「泣かせ」、間違いだらけ説明や歪んだジェンダー観(「男たち」の連発)など、はっきり言ってクソ番組に近いのだが、ゲストとしてスタジオに呼ばれるプロフェッショナルの「表情」と「ことば」が魅力でつい見てしまう。
 しかし、正味43分の番組で、ゲストの話が聞けるのは5分にも満たないのだが。


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■2005年3月21日:9・11テロ〜イラク戦争 BSが伝えた人々の記録<

 9.11以降の動向について、NHKが手持ちの映像を駆使してまとめた50分×3本の一種の「総集編」とも言うべき番組である。
 仕事の都合などで一部抜けた部分も有るが、おおよそ全体を見た。細かいことはさておき、不愉快な後味が残ったというのが率直な印象である。
 最大の問題は、この「戦争」の大義、本当の意味について厳しく見つめ直すこと、フランスを中心とする厳しい批判をとりあげること、という2つのことを明らかに避けたことである。
 その一方で、アメリカ・アーカンソーの州兵を執拗にとりあげている。しかも、その扱い方が「国の政策に翻弄される善良な市民兵士」とその「銃後の妻」の悲劇という、日本の「戦争モノ」の典型的な描き方に沿っているのである。
 実は、この番組全体が「日本的戦争モノ型式」の図式にはまっていることに、見終わって気付いた。
 つまり、「誰がこの戦争を始めたのか」「それは“正しい”戦争だったのか」「それを続ける意味はあるのか」といった根本的な問いかけは避け、あるいはサラリと流す。そして「何人のアメリカ人がイラク人に殺され」「アメリカ兵は何人のイラク人を殺したのか」という具体的な事実もとりあげない。その上で「みんな大変だったのだ」「この悲劇を繰り返してはならない」と“主語抜き”で情緒的に訴えているのである。
 細かいことを一つ。番組に登場するイラク「市民」の多くが英語でインタビューに答えている。フセイン支配下のイラクで、一般市民の間にそれほど英語が普及していたとは考えられないので、これは変である。「英語が話せる特別のクラスの市民」か「亡命先から帰国した人物」と考えられる。それ以前に、英語でインタビューしようとする外国メディアに進んで答える「市民」という段階で明らかに「偏った」対象であると考えるべきである。
 もう一つ。アメリカ南部の大衆、特に子供たちが、9.11の襲撃を「イラクがやった」と信じていることを示す場面があった。彼等は南部人が最もこだわる「先に抜いた」「後ろから撃った」邪悪な相手がイラクだと信じ込んで「決着を付ける」と意気込んでいるのである。これは、ブッシュの国内戦略=大衆操作が南部では見事に成功したことを示している。
 2005年3月22日


 
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■2005年2月8日:冤罪調査

 昨日、某大学で今季最終授業。かなり以前にNHK-BSで放送された、米国ノースウェスタン大学のジャーナリズム学部の授業を紹介した番組(アメリカ制作)をとりあげた。
 教授の指導のもと、6人の学生(学部生)が死刑の確定している殺人事件を調べ直し、冤罪を証明してしまったという内容である。終盤、司法制度全体の機能低下や死刑制度の是非に話が拡散してしまうのが惜しいが、そこまでは大変面白い。
 何よりも学生に見て欲しかったのは、既成の事実や報道を鵜のみにせず“自分の目で”確かめろ、という徹底した指導と、学生達の活動の様子である。4千ページにのぼる裁判資料を手分けして読み返し、矛盾点を見出す作業、現地に足を運んで自分たちで事件を再現してみる活動、さらに、こうして掴んだ「事実」を踏まえて関係者に迫るインタビュー、などである。
 言うまでもなく、社会システムや司法制度が異なる日本で、全く同様の授業を行うことは(少なくとも学部段階では)困難であろうが、様々なことを考えさせられる記録であった。


 
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■2004年8月4日:その時歴史が動いた

 本日放送のNHK「その時歴史が」スペシャル。沖縄戦で村民の半数が死んだ西原村をとりあげた。

 15際ー70際の男のほとんどを現地徴兵されたこと、そのために北部への疎開ができなくなっていたこと、現地(民間)人、さらには女性に変装してゲリラ戦を行う、という日本軍の作戦が、米軍に完全に漏れていたこと、の3つを「半数死亡」の原因として説明した。
 当事者のインタビューなど、NHK的にバランスとった作りで、日本軍の作戦の無謀、無策についても一応は指摘していた。

 しかし、なぜ15際から70際の男の9割以上を徴兵(しかも非正規兵として)しようとしたのか、については誤魔化している。
 これについては、日本軍が「琉球人」を信用せず、米軍に寝返ることを怖れて「全員徴兵した」ということは既に知られている。
 また、同じ理由で、民間人の女子どもまで村に留まる(投降する)ことを許さず、無理心中のように一緒に南部に「退却」させたのであり、番組のように「共に戦った」というのは正確ではない。

 さらに、「一緒にガマ(鍾乳洞)に立て籠って」という表現も正しくない。それはほんの一部であり、多くのガマでは日本軍が武力で脅して現地人をガマから追い出したり、「人間の楯」として出口の方に集めていたことも知られている。

 最後に、番組の中で、司会の松平が西原村を「ニシハラソン」と何度も呼んでいたこと。
 この村の名前は本来「ニシバルソン」であった。本土「復帰」後、旧自治省などの執拗な圧力で地名呼称を「日本式」に改められた一例ではないかと思われる。
 番組中、画面に大写しになっている米軍の文書でも NISHIBARUとあるのに、一切無視して平然とニシハラと言い続ける松平が、結構不気味だった。


 
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