日本文化について

(Quora アーカイブ 2018/02〜/06)


 

2018年06月24日:日本ではアメリカ映画が人気ですが、小説は人気がない?

2018年06月14日:時代小説は、なぜ江戸時代を舞台とするのですか?

2018年05月27日:なぜ日本人は他国の文化を形だけ真似て本質を理解しない?

2018年05月06日:日本人は常識や社会のルールに縛られていると思いますか?

2018年04月22日:神道を全然知らない日本人もいますか?

2018年03月22日:古代日本の宗教である神道とは何ですか?

2018年03月08日:歌舞伎や落語ではどうして人の名前を踏襲するのでしょうか?

2018年02月27日:どうして日本人は、無宗教なのにチャペルで結婚式をあげる?

  
*Quora という Q&A サイトに投稿した「回答」。一部修正してあります。


 
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■2018年06月24日:

Q:日本では、映画はアメリカ映画が人気ですが、小説となるとアメリカ人近代作家の小説はそれほど人気がないように感じます。それはなぜでしょうか?
 
 単純に「供給量の違い」が原因だと思います。日本人の殆どは翻訳出版された本、あるいは字幕付き・吹替等の映像しか楽しめないからです。
 戦後、ディズニー・プロの作品やハリウッド映画が洪水のように入ってきたこと。テレビ放送の初期には「奥様は魔女、ハイウェイパトロール、ローハイド、逃亡者、ルート66」などのアメリカ製連続テレビドラマが多数放送され、家庭の娯楽の中心だったことが、アメリカ映画が圧倒することになった理由でしょう。これは日本に限らず、アジア諸国、ヨーロッパの一部にも共通していると思います。
 一方文学作品については、古い時代の日本の文学者・翻訳家の間で(何故か)ドイツ・フランス等のヨーロッパの文学への憧れが強く、米国の文学に対する関心が薄い傾向があったことで、翻訳出版される作品が少なかったと感じます。ただし、ミステリー・サスペンス小説、SF小説については、日本でもアメリカ人作家の人気は高いので、ノーベル文学賞受賞作家の作品などの「文学」に限ってのことだと思います。
 いずれにせよ、文化的な消費は(特に)「供給が需要を喚起する」傾向が強いことの現れではないかと考えます。


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■2018年06月14日:

Q:時代小説(歴史小説とは別のジャンルとしての)はなぜ江戸時代を舞台とするのですか?
 
 「時代背景」は古くとれる一方で、社会システムは現代に近いものとなっていたので、様々な設定が可能で小説を組み立てやすいからではないでしょうか。
 具体的には、戦乱が無いことで武家の暮らしが現代の「給与生活者」に近いものとなり、仕事の内容も現代の管理職や事務職に似てきていたこと、都市が発展することで、武士、商人、職人など様々な人々が近接して生活する都市社会が形成され、そこでは様々な「出会い」や「事件」を設定しやすくなったこと、などが挙げられると思います。


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■2018年05月27日:

Q:なぜ日本人は違う国や民族の文化を形だけ真似をして本質的なものを理解しないのですか?
 
 「違う国や民族の文化を形だけ真似をして本質的なものを理解しない」のは世界共通に見られる現象であって、別に日本人に限ったことではないと思いますが、何故そのような質問になるのでしょうか?
 例えば、世界最強と言われるブラジルのサッカーは、イングランドで生まれたフットボールという競技の本質的なものを理解・継承していると言うより、少し違うものに進化させたように見えます。同様に今では日本の強敵となったフランスの柔道も同様です。かつて印象派絵画の世界でジャポニスムに熱狂した画家達も、別に日本の浮世絵の本質を理解していたとは思いません。
 世界中が、面白そうな、あるいは役に立ちそうなモノやコトを互いに取り入れ、真似して少し違うけどさらに進化したモノやコトを生み出している、というのが「動いている文化」の姿です。上から目線で「なぜ本質を理解しないのか?」などと批判することこそ「文化帝国主義」ではありませんか?


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■2018年05月06日:

Q:多くの日本人は常識や社会のルールに縛られていると思いますか?
 
 「大きなルール」には異様なくらい忠実に従う(縛られる)一方で「小さなルールは平気で破る・無視する」という傾向があります。言い換えると、権力を持つ側に「命令された」ことは守るが、自分自身の「倫理観」「想像力」に依存する部分ではどちらかというと傍若無人、ということでもあります。例えば、駅員が見張ってるホームでは整列乗車するが、走り出した電車の中で老人や妊婦に席は譲らない。停止信号は守るのに、信号が無いと歩行者が立っていても横断歩道で減速も停止もしない、などです。
 一方で、人々が経験的にあるいは思いやりから自主的に行っている行為・行動に対して、「そういう "決まり" があるのか?」「そんな法律は無い」などと噛み付く、という行為はまさにその裏返しです。銀行のATMや、駅の出札カウンター、コンビニのレジなどでのいわゆるフォーク並びも、始まった頃はこの種のクレーマーに散々悩まされ、結局施設側がロープを張ったり床に誘導線を描く、さらに指示看板を立てる(命令する!)などして、ようやく定着したのですから。
 悪口を言っているのではなく、それもこれも「日本人なのだなァ」という感慨を込めて・・・です。


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■2018年04月22日:

Q:最近出会った日本人は神道のことを全然知りませんでした。本当にびっくりしました。神道を全然知らない日本人もいますか?
 
 圧倒的多数の日本人が「知らない」と思います。また、それは「神道」だからではなく「仏教」でも「キリスト教」でも同じです。
 多くの日本人が正月には「初詣で」と言って(神道の)神社に行き、親の「葬式」には(仏教の)僧侶を呼んで読経してもらい、自分の結婚式は「キリスト教会」でやりたい、などと考えていて、そのことに矛盾を感じていません。
 世界的には、宗教・信仰とは「常に心の底にあって、自身の生き方や価値観・世界観を決定するもの」というのが一般的だと思いますが、多くの日本人にとっては全く違うのです。日本では、「宗教的なるもの」は日常生活の中の目的別の「様式」の一つに過ぎず、今更「きちんと知る」必要も無いものなのです。


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■2018年03月22日:

Q:古代日本の宗教である神道とは何ですか?
 
 「神道」は古代日本の宗教そのものではありませんので、質問の前提が間違っています。
 現在の「神道」とは、日本人の伝統的・民俗的な宗教文化を継承しつつ19世紀に天皇制と関連付けて体系化・国教化された「国家神道」が、第2次大戦後の憲法改正に伴って「民間宗教の一つ」に変わったものです。
 日本人が古代から受け継いできた宗教的文化が素朴な祖霊崇拝とアニミズムである、ということは既に知られています。ただ、それを仏教などに対抗し得る「宗教」として理論家・体系化し始めたのは近世以降のことであり、現在の「神道」という呼称と宗教団体としての組織を明確にしたのは、明治時代に政府が「国家神道」を国教と定めて以降なのです。


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■2018年03月08日:

Q:歌舞伎や落語ではどうして人の名前を踏襲するのでしょうか?
 
 歌舞伎も落語もすべて「芸名」であって、本人の戸籍上の名前は踏襲してません。
 「芸名」は「所属する一門や流派の名前+個人名」で構成されます。入門直後は、下の名前は(最近は)本人の元の名前をそのまま使うことが多いようですが、経験を積んで技量が上がると、その一問や流派に伝わる伝統的な名前を "貰って" 改名して行きます。個々の芸名には「格付け」を伴うことが多く、これらの世界での改名には、その個人の到達した「芸」のレベルが伝統的な「評価・格付け」に相当する、と認める意味があります。
 例えば、市川海老蔵だった役者が市川團十郎を名乗ることを “許され” 、さらに若い役者が市川海老蔵を名乗る、といった具合です。市川團十郎、中村歌右衛門などは、その一門での最高ランク(に到達したこと)を示す「称号」としての意味ももつ芸名なのです。
 戸籍名(本名)そのものを踏襲するケースは、商家や個人企業の経営者、伝統工芸界の一部などに見られるようです。


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■2018年02月27日:

Q:どうして日本人は、無宗教なのにチャペルで結婚式をあげるのですか?私は中国人ですが、とても不思議に思います。
 
 日本人は無宗教?ということと、チャペルで結婚式をあげることとは、関係はありますが少し違う問題です。
 長くなりますので、ここでは「無宗教」について述べます。
 日本人の宗教観、宗教意識は、元々素朴な「この世界には人間の知恵や力を越えた "何か" があり、それを正しく怖れ行動を慎まなければならない」という、特定の論理的・体系的な「教義」を持たない自然宗教で、それが形を整えたのが鎮守の森や○神様などの「ムラの神様」でした。また、それらの最上位に位置するものとして、出雲大社、伊勢神宮といった大きな神社も作られました。
 仏教は、日本社会に溶け込み一定の影響力をもつようになると、次第に旧来のムラの神様と混合し「神宮寺」などという形となって現れるようになります。困ったとき「神さま、仏さま・・」と唱えることに矛盾を感じない文化は、こうして形成されたようです。一方で、本来の仏教はきちんとした教義・哲学をもつことから、(一向一揆のように)場合によっては世俗権力と対立する可能性をもつ "勢力" ともなりました。
 明治維新に際して、とにかく国家統一のための権力基盤を固めたかった明治政府は、それまで祭主的・象徴的存在だった「天皇」をヨーロッパにおける「国王・皇帝」に相当する地位に置くとともに、天皇家が伝えてきた一連の神事から前述の「ムラの神様」まで階層的に統合する「国家神道」を創設、公式な「国家の宗教」としました。
 戦後、「神道」は特別な地位を失い「神社本庁」という普通の宗教法人の一つとなりましたが、例えば道路の開通、ダムの竣工などの公式行事に、必ず神主が来て祝詞(のりと)を擧げるのはその名残です。
 死者が出ると、元々はそれぞれのムラで共同の墓地に埋葬していた訳ですが、都市化が進むと困難になり、特定の寺院の信徒(檀家)の死者については、僧侶が葬送の儀礼を行うとともに、寺院が所有する寺領地に設置した墓地に埋葬することが一般化してきました。これによって、「葬式は仏教」が定着したと考えられます。
 チャペルで行う「キリスト教 “式” 結婚式」が普及したのは第二次大戦後相当経ってから(つまり、最近50年未満)で、それ以前は「神前結婚」が一般的でした。「結婚式は神前」が定着したのは、明治天皇の儀式の影響と考えられます。
 このように、明確に特定の宗教の信者であると自覚している少数の人々を除く、圧倒的多数の日本人の「宗教的意識・行動」には、土着信仰(ムラの神様)、仏教、神道の3つの要素が緩く混在していて、「宗教的な儀礼を行うこと・参加すること」が自分自身の宗教的信念や信仰心に直結することとは考えていないのです。
 つまり、キリスト教国における「論理的・思想的な無神論者」、社会主義国家で「宗教そのものを否定する教育を受けてきた人々」のような無宗教とはまったく異なるということです。


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