色のつく地名 ―その構成と分布―

『“いろ”の研究』,中京女子大学アジア文化研究所,1995


 

  はじめに

1.研究の枠組み

 1.1 地名とは何か

 1.2 「色彩名称」について

 1.3 研究の方法と手順

2.「色彩地名」についての先行研究

 2.1 日本の「色彩地名」

 2.2 黒田日出男の研究

3.「色彩地名」の構成と分布

 3.1 分析のための資料

 3.2 「色彩地名」の構成

 3.3 「色彩地名」の地域分布

 3.4 「色彩地名分布図」の作成

 3.5 「色彩地名」の地物の種類

4.総括と展望

  注・文献



 
 

はじめに
 われわれは、日常多くの地名に囲まれて暮らしている。その中には、「赤坂」「青山」などのように、色を示す言葉(文字)を冠する地名がある。これらの地名はどのようにして命名されたのであろうか、また、これらの場所の環境要素の中に、そのような「色」が特徴的に存在したことがあるのであろうか。
 本研究は、この素朴な疑問から出発している。そして、目標とするのは第一に、「色」の付く地名としてどのようなものがあり、どこに分布しているのかを明らかにすることである。第二には、それらの地名がどのような背景、由来をもって形成されてきたか、従来の研究を基に検討することである。


1.研究の枠組み

 1.1 地名とは何か
 「ここは何処?」という問いかけがある。「私はだれ?」とならぶ最も根源的な問いのひとつである。また、「何処から来たの?、何処へ行くの?」という問いも、人間が他者と出会ったとき発せられる基本的な問いの一つである。このように、人間は自己のアイデンティティと同時に、自己が存在する場所についても、その同一的/客観的な定義を求める。だから、「ここに居る」だけでは不安であり、「ここは何処?」という疑問に至るのであろう。しかし、「この場所」を「私が居るところ」という概念を超えて客観化するには、そこに“他所”との関係付けが必要になるはずである。
 個人、家族、部族、そして特定の場所などについて、「呼び名」が定まるのは、実はこの他所(他者)との関係付け、他者による呼称が先であることが多い。例えば、「私」「われわれ」に対して「赤ひげ」「山の人」、また、「ここ」に対して「一本松」「日向」などのようにである。
 このように、区別の必要から発したとしても、どのように命名するかというのは別の問題である。先に挙げた「日向」などは、いわば環境の“表象”とも言うべき地名である。この類型には、「日向」「日陰」「坂」「川岸」といった狭い範囲での日常的・相対的な環境から来るものと、「一本松」「大崎」といった特徴的な景観<ランドマーク>によるものとがある。また、「清兵衛新田」などのように、個人や集団についての認知が、そのまま場所の名称として転用されるものもある。その、極端な例は「ヴィクトリア湖」などの植民地地名であろう。
 明治40年に刊行された、わが国最初の近代的地名辞典である『大日本地名辞書』において、編著者の吉田東伍は地名の起源を以下の7種に整理している。(1)
 (一)地形に取る (普通の地形名称からの転化)
  耶麻(山) 志摩(島) 甲斐(峡)
 (二)位置形状性質に取る
  加美(上) 浦(包裡の義に因る、海浜に非ず)  島(孤懸の義に因る、海中に非ず)
  宇治(内) 武庫(向)
 (三)天然の存在物類に取る
  助川(鮭川) 愛甲(鮎川) 都留(蔓) 紀伊(木)
 (四)人造の存在物類に由る
  駅家 寺戸 別所 門前 宮島
 (五)氏族、部民、人物等の呼称に取る
  尾張 物部 久米 三宅 高麗 鳥取 土師
 (六)人事に因由す
  浪速(記・紀) 安来(出雲風土記)
 (七)擬準の名称
  (移住などにより、別の土地に地名がもたらされた場合)
 このように、地名はもともと「地点」「場所」への命名が先であり、ある程度の広がりをもつとしても、それは「あの(その)辺り」といった“あいまいさ”をもった概念であったはずである。明確な範囲の定義をもつ「地域」や「領域」が認識され、命名されるには、当然、土地の所有や支配といった社会的なシステムが先行していなければならない。そこで、地域や領域に与えられる名前には、当然、単なる識別の記号から“所有・支配の誇示”へという性格の変化が起こってくるのである。


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 1.2 「色彩名称」について
 色のついた地名という主題については、その「色」を表わす言葉・文字についても考えなければならない。『文学にみる日本の色』において、著者の伊原は、上代から近世末までの約200編に及ぶ文学作品に登場する「色」を整理・考察し、日本の色彩名称の起源について以下のように記している。
 『(上代は)茜で染めた色が「あかね」色、黄蘗で染めたのが「きはだ」色、というように、色の名には、材料の名称をそのまま転用しているものが非常に多い。つまり、色名=材料名という、実に即物的な命名法がとられている。』(2)、『上代は外国文化を意欲的に摂取した時代で、先進国であった中国から朝鮮を経て多様な文物が入ってきた。その中に、色についても、「陰陽五行説」に基づく五種が伝来された。つまり、青、赤、黄、白、黒がそれである。』(3)(伊原、1994)
 たとえば、「赤、アカ」について考えると、RED に類するモノの色をさす「アカ」という言葉と、火炎の色からきたと言われる「赤」という漢字とが重なり合い、しかも途中で緋、朱、紅といった微妙な概念を吸収しつつ今日に至ったものと思われる。
 また、現在の「碧南(へきなん)市」の名称は、碧海郡の南部に生まれた市という意味であるが、「碧海(へきかい)」は古くは「青海」であり、「オウミ」又は「アオミ」と呼ばれていたとされるのである。
 このように、一般には色彩を示す文字が含まれている名称であっても、それが「やまとことば」から来たものか、むしろ漢字の字義からきたものか、さらに、それは音読み、訓読みのどちらで呼ばれるのか、といった問題、歴史的な推移のなかで、いわゆる「佳字、好字の採用」といった人為的な言い換えの問題、などがあるのである。


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 1.3 研究の方法と手順
 本研究においては、第一に、「色」の付く地名にどのようなものがあり、それらがどのような背景、由来をもって形成されてきたか、従来の研究を基に検討する。具体的には、前出の大日本地名辞書に出現する色彩地名を収集し、色別の集計を試みる。次に、「色彩地名」の幾つかについて、既往研究によってその語源、由来を検討する。  第二には、「色」の付く地名がどんなところに分布しているのかを明らかにする。具体的には、建設省国土地理院が提供している「1/20万地勢図基準自然地名集」を用い、色の種類、地物の種類、地理的位置による集計・分析および分布図の作成を試みる。


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2.「色彩地名」についての先行研究
 地名については、地理学、地図学、民俗学を中心に、多くの地名辞典、地名語源についての研究書などが刊行されているが、「地名学」と称する図書の中には、学術資料としては扱えないものも数多く含まれている。学術資料としての適格性というのは、決していわゆる研究のレベルのことではなく、ましてや著者の経歴や所属によるものではない。著作、論考の記述において、調査経過、一次資料、典拠文献などを明示し、他の研究者に追試、反論の機会を保証するという「学術研究の基本ルール」が守られているか、という1点にかかっているのである。それらの中には、地名研究に生涯を捧げたような人物の著書もあり、その努力には敬服するものであるだけに残念である。ここでは、この条件に合致すると思われるいくつかの文献をとりあげ、色彩地名に関する既存の研究を概観する。

 2.1 日本の「色彩地名」
 (1) 色彩地名の存在
 前出の『大日本地名辞書』は、厳密な意味での研究書ではないが、明治中期という時代としては驚異的な努力で多数の地名を収集し、和名類聚抄、風土記等を基本として考察を加えた大著である。
 『増補大日本地名辞書』(吉田、1971)は、これをもとに未完の部分を補い、索引等を改良して1971年に刊行されたものである。ここでは、初めにこの増補版を用い、色彩を示す文字を冠する地名を抽出した。
 記載されている地名(本土のみ)(4)の総数は 49090、このうち黒、白、赤、青、黄、緑、紫の7色の字が先頭につく地名は971であった。それらの内訳と構成比は表−1のとおりである。


色名

合計

個所数

225

316

227

154

17

10

22

971

比率

23.2

32.5

23.4

15.9

1.8

1.0

2.3

100.0

表−1 増補大日本地名辞書の色彩地名

 明らかに、黒、白、赤、青の4色が卓越しており、なかでも「白」のつく地名が最も多い。なお、これらは地名として抽出したものであるから、たとえば「赤坂」などは全国に多数ある同名地の延べ数となっており、すべての「赤坂」で一つとするような「名称の種類」の数ではない。

 (2) 色彩地名の語源
 次に、楠原他『古代地名語源辞典』(1993年)、松永『民俗地名語彙事典』(1994年)、山中『地名語源辞典』(1968年)の3文献をとりあげ、色のつく地名の語源について、どのような指摘をしているかを検討する。

 [クロ]
 黒い色の他に、田畑の畔などの「縁辺部」の意、「小高いところ」の意でも用いられる。黒色の意味で用いられる事例が多数を占めるかどうかについては、論者によってまちまちである。
 楠原らは「黒山」という地名について『「木が茂って暗い山」という説はうなずけない』として、後出の黒田とは対立する見解を示している。(楠原他、1993)
 [シラ]
 白い色の他に、山の急斜面「陸如」、汁から転じた「湿地」の意で用いられる。京都の「白川」については、多くの文献が上流部の花崗岩による白い川砂をその語源としているが、楠原らは「湿地」あるいは「氾濫原」の意によるとしている。
 太平洋沿岸地域に広く分布する「白浜」については、単純には白砂の浜と見ることができるが、和歌山の「白浜」以外はさほど白砂ではないことから、海上交通による移住にともなう地名の伝播の結果であるとする説が多い。
 [アカ]
 赤い色を語源とする例が多い。他に、田圃の意、水の意などもあるとされる。後者は、梵語の「閼枷」から来たものである。赤色の意味で用いられる代表的な例は「赤羽根、赤埴」であろう。赤埴(アカハニ)とは赤色の粘土のことであり、「羽根、羽」は当て字であるとされる。
 [アオ]
 青(緑)色の意で用いられる例が多いようであるが、他に湿地(アワの転)、河口部における淡水(層)を指す意味でも用いられる。青色の典型的な例としては、青緑色の粘土の土地であることを示す「青埴(アオバニ)」などがある。なお、『「アヲ」は古代には黄色と同義であり、琉球においては死者を弔う場所を示す』という仲松弥秀の説を谷川健一が支持しているが、沖縄については本稿の対象外としているため、これ以上は触れない。(5)


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 2.2 黒田日出男の研究
 地理学、民俗学などとは異なる視点から、地名と色についてとりくんだのが黒田日出男の論稿『広義の開発史と黒山』である。この中で、黒田は「黒」のつく地名について、多くの古文書、今昔物語集などを検討した上で以下のような解釈を示している。
 『「黒山というのは、要するに、人力の及ばぬ、ないしは人力を及ぼしてはならぬ、天然樹林のうっそうと生い茂った山地である。かかる原始樹海の山地が、自然の境界をなしており、他方で、他界への入口として観念されているのである。
 この原始樹海という実体的側面と、他界への入口という観念的側面は、言うまでもなく相互規定的である。すなわち、古代の人々は、通常、「黒山」をタブー視して、そこには近寄らない。それ故に、あるいは人力が及ぼされないが故に、そこは、原始の樹海が生き続ける。またその逆の関係でもある。
 かくて、天然樹林のうっそうと生い茂った原始樹海の暗さが、「黒山」の「黒」の実体的で可視的な条件であったと思われる。その面から見れば、歴史を遡れば遡る程、「黒山」は、自然の山地として、日本全国にあまねく存在していた筈である。とすれば、「黒山」は日本古代の山地における代表的・典型的な未開発地名にほかならないのである。』(6)
 黒田はさらに、国立科学博物館の金井弘夫が作成した『全国地名索引』(金井、1980)を用いて、「黒」のつく地名の地方別分布を求めている。それによると、全地名116,410 の内「黒」のつく地名が893(0.77%)であるのに対し、九州・沖縄では1.00%、東北では0.98%と、この2地方が卓越している。
 また、「黒山」は全国で分散的に10件だけであるが、「黒森山」は全国に63件あり、その内の58件(92%)が東北に集中している。さらに、「黒島」は全国59件の内、九州・沖縄が23件、中国・四国が20件と、この両地方だけで73%を占めている。
 これらの結果を踏まえ、黒田は、「黒(森)山」や「黒島」は原生樹林におおわれた未開発の土地の一般的名称として広く分布していたものであり、近畿、中部、関東においては近世以降の開発の進展によって消滅したが、九州・沖縄や東北の山間部、島嶼に残された地名であると考察している。


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3.「色彩地名」の構成と分布

 3.1 分析のための資料
 ここでは、「色」の付く地名の所在、空間的分布について検討する。黒田日出男の「黒」の地名に関する研究が、類似の視点をもっており、地名の位置を把握する手段として金井弘夫の『全国地名索引』を利用していることは前章で述べた。
 本稿では、建設省国土地理院が提供している『1/20万地勢図基準自然地名集』を用い、色の種類、地物の種類、地理的位置による集計・分析および分布図の作成を試みる。
 『全国地名索引』との違いは、第一に、金井が1/20万地勢図記載のすべての地名を収録しているのに対し、国土地理院版では「自然地名」だけを対象としている点である。第一章でも触れたように、地名は社会的事情によって変化するものであり、特に、集落名、行政地名についてはそれが著しい。それに対して河川、山岳、岬、といった自然の地物につけられた名称は、時代による変化が相対的に小さいと考えられ、本研究にとってはむしろ好適であるからである。また第二には、後者がコンピュータ処理用のファイル(フロッピーディスク)の形で低価格で提供されているのに対し、前者では図書での利用以外は実際上困難であることである。(7)
 『1/20万地勢図基準自然地名集』は、(財)日本地図センターからデータと簡単な読み出しソフトのセットでMS-DOS形式のファイルで提供されている。ファイルの内容は、地名1件ごとに地名(漢字)、読み(半角カナ)の他、収録地勢図名、3次メッシュコード、所属都道府県コード、地名の種類、などとなっている。
 3次メッシュコードというのは、現在日本で最も基本的な地図となっている1/2万5千地形図の1面を、タテ・ヨコ10等分した区画に付けられる一連の番号のことである。この区画は、南北に緯度 0.5分、東西に経度0.75分で等間隔に区切られており、本州中央部においては、単位面積がおおよそ1平方キロになることから、一般に、標準1キロメッシュなどと呼ばれている。逆に言えば、地図上に記載された個々の地名について、約1キロの誤差の範囲で位置が特定できるということである。
 都道府県コードは、行政管理庁が定めた北海道を「01」、沖縄を「47」とする番号である。これについては、複数にまたがるケースがあるため4欄設定されている。また、地物の種類は表―2に示すとおりである。


山地

峠・坂・越

谷・沢・峡

河川・用水

平野・盆地

湖・沼・池

岬・浜

半島

島・瀬

諸島

表−2 『1/20万地勢図基準自然地名集』の地名地物の種類


 この地名集から、北海道と沖縄を除く全国の地名を取り出して集計・分析のデータとした。北海道はアイヌ語地名への当て字が多いこと、沖縄においても地名人名に独特のものが多いこと、から他の地域の地名と同列には論じられないと考えたからである。


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 3.2 「色彩地名」の構成
 はじめに、前章の『増補大日本地名辞書』と同様に、『1/20万地勢図基準自然地名集』中に現れる「色彩地名」を数えた。結果を表―3に示す。


色名

合計

個所数

319

258

215

70

13

5

4

884

比率

36.1

29.2

24.3

7.9

1.5

0.6

0.5

100.0

表−3 『1/20万地勢図基準自然地名集』の色彩地名
* 北海道・沖縄を除く

 前出の『増補大日本地名辞書』と比べると、収録地名の総数が1/3強と少ないにもかかわらず、「色彩地名」の数はほとんど等しい。また、黒のつく地名数と白のつく地名数が逆転している。黒白赤青の4色が際立って多いこと、そのなかでは青のつく地名がやや少ないこと、は共通である。


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 3.3 「色彩地名」の地域分布
 黒田は、「黒」のつく地名が東北と九州に多いとしているが、そもそも「色彩地名」の分布には地域的な偏りがあるのであろうか。抽出された主要4色、および7色計、総数の地名を、所在する地域ブロック別に集計した結果を表−4に、色彩別に地域の構成比を求めたものを表−5に示す。


 

7色計

総数

東北

96

69

58

16

246

4599

関東

13

19

19

2

53

1398

中部

59

61

48

22

194

4132

近畿

21

20

10

3

54

1259

中国

29

15

19

12

78

1801

四国

22

17

15

6

61

1359

九州

79

57

46

9

198

3737

総数

319

258

215

70

884

18285

表−4 地域ブロック別色彩地名数


 

 

7色計

総数

東北

30.1

26.7

27.0

22.9

27.8

25.2

関東

4.1

7.4

8.8

2.9

6.0

7.6

中部

18.5

23.6

22.3

31.4

21.9

22.6

近畿

6.6

7.8

4.7

4.3

6.1

6.9

中国

9.1

5.8

8.8

17.1

8.8

9.8

四国

6.9

6.6

7.0

8.6

6.9

7.4

九州

24.8

22.1

21.4

12.9

22.4

20.4

総数

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

表−5 色彩別、地名数地域別構成比(%)


 

 

東北

関東

 

中部

 

 

近畿

 

中国

四国

九州

 

表−6 色彩地名数の地域的偏り

 色彩地名の色別の地域分布の特徴をよりわかりやすく伝えるため、地名総数の分布と比べた偏りを求めて図化したのが表−6である。○(●)は地名総数の構成比と比べ15%以上多い(少ない)こと、小さい+(−)は同じく5%以上多い(少ない)こと、空白は±5%以内であることを示す。これによると、「黒」の地名はやはり東北と九州で多く、関東、中部で少なくなっている。「赤」の地名は関東で多く近畿で少ないが、「白」は中国で少ないほかは大きな偏りを示していない。激しい偏りを示すのは「青」の地名で、中部、中国で多く、関東、近畿、九州で少なくなっている。この中部地方の数値は、さらに詳細に見ると北陸4県の分布に依存するもので、他の内陸部および東海地方では特に多くはない。「青→海」というような単純な関係づけはできないが、青のつく地名が海岸地域に多く分布することは明らかである。


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 3.4 「色彩地名分布図」の作成
 前述のとおり、『1/20万地勢図基準自然地名集』では、個々の地名ごとに地図上の記載位置が約1kmの精度で記録されている。位置は標準地域メッシュコード方式の三次メッシュコードで表示されているため、これを経緯度に変換して「地名の位置」とした。(8)
 このデータを用いて作成した色別の地名の分布図を、以下の図−1〜図−4に示す。

図−1 “黒”のつく自然地名の分布


 

図−2 “白”のつく自然地名の分布


 

図−3 “赤”のつく自然地名の分布


 

図−4 “青”のつく自然地名の分布


 

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 3.5 「色彩地名」の地物の種類
 自然地名の中で、「色彩地名」は主にどのような地物に対して付けられているのであろうか。抽出された主要4色、および7色計、総数の地名を、地名の種類別に集計した結果を表−7に、色彩別に地名種類の構成比を求めたものを表−8に示す。

 

7色計

総数

143

119

81

28

378

7632

峠・坂・越

9

13

13

6

41

1288

湖・沼・池

2

9

4

3

19

440

河川・用水

28

28

32

5

102

2727

谷・沢・峡

11

21

10

2

44

685

岬・浜

48

37

39

6

132

2249

島・瀬

78

25

33

18

157

2753

その他

0

6

3

2

11

508

総数

319

258

215

70

884

18285

表−7 地名種類別色彩地名数


 

 

7色計

総数

44.8

46.1

37.7

40.0

42.8

41.7

峠・坂・越

2.8

5.0

6.0

8.6

4.6

7.0

湖・沼・池

0.6

3.5

1.9

4.3

2.1

2.4

河川・用水

8.8

10.9

14.9

7.1

11.5

14.9

谷・沢・峡

3.4

8.1

4.7

2.9

5.0

3.7

岬・浜

15.0

14.3

18.1

8.6

14.9

12.3

島・瀬

24.5

9.7

15.3

25.7

17.8

15.1

その他

0.0

2.3

1.4

2.9

1.2

2.8

総数

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

表−8 色彩別、地名種類構成比(%)


 

 

 

 

 

 

峠・坂・越

 

湖・沼・池

河川・用水

 

谷・沢・峡

 

岬・浜

 

島・瀬

 

表−9 色彩地名数の地名種類別偏り


 

 色彩地名がどのような地物に多くつけられているかを、よりわかりやすく伝えるため、地名総数の分布と比べた偏りを求めて図化したのが表−9である。○(●)は地名総数の構成比と比べ40%以上多い(少ない)こと、+(−)は同じく20%以上多い(少ない)こと、空白は±20%以内であることを示す。
 これによると、「黒」のつく地名では島・瀬が、「白」のつく地名では湖・沼・池と谷・沢・峡が相対的に多くなっている。また「赤」のつく地名では岬・浜が、「青」のつく地名では湖・沼・池と島・瀬が相対的に多くなっている。山については色彩による地名数の偏りは見られないという結果になっている。


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4.総括と展望

 4.1 研究結果の要約
 1)色彩名称を表わす字が先頭に付く地名を検索すると、黒、白、赤、青の4色が卓越している。
 2)赤、青の付く地名では、自然に存在する色に因ったと思われる例が多いのに対し、黒、白の場合は、地形名称などから転じたものが多いようである。
 3)黒、白の付く地名については、民俗学を中心に宗教的、象徴的な語源を重視する論稿が多いが、主観的な解釈論が多く、実証的な研究成果は黒田(1984)などを除いてきわめて少ない。
 4)色の付く地名の地域分布には、明らかな偏りが認められる。黒は東北・九州地方に、赤は関東地方に、そして青は中部・中国地方に多く分布している。一方、白の付く地名は中国地方で少ないだけで、比較的均等に分布している。

 4.2 課題と展望
 地名はきわめて日常的な要素であるが故に、これをとりあげる文献は膨大な数に達する。しかしながら、その中に学問的な厳密さを備えたものは少なく、基本的な研究手法、研究のための「地名データベース」などの基盤といったものも確立していない。
 特に、民俗学を中心とする地名研究では、地名を「収集」はするものの、その地名の指す場所の「地理的位置」「地物」、すなわち、それは何処なのか、どんな場所なのかという点についての調査、記述がきわめて不十分であることが多い。
 このような、地名と「現地」の双方に注目して研究することが、当面、地理学に期待される方向ではないかと思われる。
 実際、雲仙、阪神・淡路等の大災害を契機として、過去の自然災害に学ぶ必要が再認識され、その一つの手掛かりとして、自然条件が的確に反映された伝統的な地名への関心が高まってきている。
 幸い、最も基本的な地図である国土地理院の地形図については、明治末から今日に至るまでの多くの版が保存、公開されている。今後は、こういった資料を積極的に活用していくことも重要である。
 最後に、本研究の次のステップとしては、現地の「色」に起因すると思われる特定の色彩地名群について、フィールドワークを含む実際の地域環境の調査を行ない、地名の起源を考察することを計画している。


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(1)(吉田、1907)なお、地名の例示については、現存するものを中心に筆者が取捨選択している。
(2)(伊原、1994)pp17-17
(3)  前掲書  pp18-18
(4)同書では、北海道、琉球(沖縄)は台湾、朝鮮半島、樺太、現在の北方領土とともにいわば「外地」としてまとめられている。
(5)(谷川、1989)谷川健一は、これ以外にも多くの著書でこの見解を述べている。
(6)(黒田、1984)pp296-297
(7)『全国地名索引』についても、コンピュータ用ファイルは提供されているが、筆者の記憶によれば媒体は大型計算機用の磁気テープであり、価格も個人購入など絶対に考えられぬ高額であった。
(8)地名が含まれる三次メッシュの左下の点を地名の位置と見なした。計算式は煩雑になるので省略する。

文献
伊原 昭,1994,『文学にみる日本の色』,朝日選書 493,朝日新聞社
金井弘夫,,『全国地名索引』,アボック社
楠原・桜井・他,1993,『古代地名語源辞典(五版)』,東京堂出版
黒田日出男,1984,『日本中世開発史の研究』,校倉書房
建設省国土地理院,,『1/20万地勢図基準自然地名集』,日本地図センター
谷川健一,1989,『常世論 日本人の魂のゆくえ』,講談社(学術文庫897),底本は1983年平凡社刊
松永美吉・谷川健一,1994,『民俗地名語彙事典』(上下),三一書房
宮田 登,1994,『白のフォークロア 原初的思考』,平凡社
山中襄太,1968,『地名語源辞典』,校倉書房
吉田東伍,1907,『大日本地名辞書』,冨山房
吉田東伍,1971,『増補大日本地名辞書』,冨山房


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