地域メディアと地域調査 ―地理学の視点から―

田村紀雄編『地域メディアを学ぶ人のために』,世界思想社刊
第3章 pp55-78


 

1.地域とメディア

  1.1 メディアにとっての地域

  1.2 地域にとってのメディア

  1.3 地域メディアを調査するために

    

2.地域のメディアを調査する

  2.1 発信者・発行者について調べる

  2.2 流通・伝達について調べる

  2.3 受信者・受容者について調べる

    

3.調査・分析の方法

  3.1 地域そのものを知る

  3.2 地域メディアのフィールド調査

  3.3 地域分析の方法

    

4.おわりに

  4.1 地域からメディアを見る

  4.2 メディアから地域を見る

    

 文献・情報源


 
 
 

1.地域とメディア

 1.1 メディアにとっての地域
 地理学にとって「地域」という言葉は極めて重要であり厳密に取り扱う概念でもある。日本で一般に「地域」という場合は、立場にもよるが市町村と同程度あるいはやや広い範囲までを指すようである。市町村より狭いと「地区」、県より広いと「地方」といった漠然とした使い分けがなされているようである。
 しかしながら、地理学においては「地域」という言葉には大きさの規定は含まれない。最も基本的な言い方をすれば「何らかの意味のある空間的な広がり」およびその集合を「地域」と呼ぶのである。メディアのような問題に関連して考えるとすれば、現実的には「地域空間」よりも「地域社会」とそれを構成する人間集団が重要なのである。
 このような立場から見ると「地域メディア」というのはかなり分かりにくい概念である。すなわち、
  一、特定の地域空間のみを(物理的に)サービス対象とするメディア
  二、きわめて「地域社会限定的な」内容を発信するメディア
  三、(全国区でない)地域資本によって経営されるメディア
といった様々な条件が考えられるからである。
 いわゆる「タウン誌」の多く、あるいはケーブルテレビの「地域チャンネル」はこの一から三の全てを満たしている。ところが、CS衛星放送の中に含まれる在日外国人向けのいわゆる「エスニック・メディア」も、「地域社会限定」の一種と考えれば類似した性格をもっている。この後者が特異なのは、上記の一の条件とは正反対に「全国に点在する対象」をサービス対象としていることである。
 また、特定の県や地方の出身者を対象として、方言や地域の話題をとりあげる「メールマガジン」を想定すると、上記の二の条件が強烈に働いている一方で、実際の発信者が「どこに居るか」は問題にならない。実は日本国内に居ないかもしれないのである。
 この問題は経済地理学における「地場産業」と「地域産業」の関係に似ている。地場産業とは、上記の二と三に当てはまるがマーケットは全国・世界という産業で、例えば新潟県燕市の金属洋食器や有田の陶磁器などが典型である。一方「地域産業」とは上記の一と三に該当するが別に二である必要はないという産業で、地方の地元スーパーなどが典型である。
 これだけ情報通信技術が発達・普及し、衛星放送やインターネットのように地上の物理的距離が意味をもたないメディアが登場すると、「地域メディア」という概念にも再吟味が必要になるのではないだろうか。


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 1.2 地域にとってのメディア
 この問題を地域社会の側から見ると、また異なる様相が現れてくる。ある地域社会(の構成員)にとって、日々接するメディアは当然重層しているわけであり、フリーペーパーから不用品バザーの情報を探しながら、衛星テレビの大リーグ中継を見るといったことが日常的に展開されているからである。
 このことは、人間の「行動空間」を巡る議論に似ている。われわれは、一人ひとりの生活の中に日常の通勤・通学の空間、買い物行動の空間、そして余暇や交友のための行動空間をそれぞれ形成・認識している。しかも人によってはその物理的な空間の形は大きく異なっているのである。
 では、地域の人々が「地域のメディア」として認識し、受容しているのはどのようなメディアなのであろうか。先にも挙げたタウン誌、地域的なフリーペーパー、ケーブルテレビの地域チャンネルなどは明らかであろう。
 東京という地域社会は、長い間地域メディアとしての性格の強いテレビ局をもつことが出来ず、やっと開局した東京メトロポリタンテレビも不振に喘いでいる。これと反対に、沖縄県には県紙が二紙あり、全国でも屈指の地方出版の実績を示している。  このことは、結局「地域」を地域たらしめるのはその社会の人々の意識によるのだということを示している。すなわち、その地域社会がどれだけ「彼等のメディア」を必要としているかが、地域メディアの存立条件となるのである。


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 1.3 地域メディアを調査するために
 それでは、地域メディアを調査するというのはどういうことなのだろう。
 このテーマに取組んだ先行文献に『情報化社会の地域構造』がある。山田晴通はこの本に収められた「地理学におけるメディア研究のために」のなかで、地理学におけるメディア研究のアプローチの方法・課題として「分布の問題」・「組織の問題」・「地域の問題」という3点を挙げている。一の分布の問題とはメディアの活動範囲を、二の組織の問題とは活動のための組織・システムの空間的展開を、そして三地域の問題とは、一、二を合わせたメディアに関する地域間の差異の記述を積み重ね、その意義を探ること、とした(北村・寺坂・富田、1989、『情報化社会の地域構造』、大明堂)。
 本稿では、この山田の分類を踏襲しながらより具体的な調査研究の方向を探ることとし、地域については「何らかの社会的共通性をもつ市町村程度の連続した広がり」と定義する。そして「地域メディア」についてはいかなる規定も行わないこととする。
 まず、地域における「メディア」の実態を知ることをとりあげる。それは具体的には発信者・発行者、配付・伝達システム、受信者・受容者の各々について、適切な調査の視点・方法を考えることである。これについては次の2で述べる。
 次に、「地域」に注目する調査分析のための具体的な調査分析手法を紹介する。限られた紙数であるので、手法の詳細を述べることはできないが、メディア社会学におけるものとは異なる、地理学のなかから生まれた地域分析の手法の特徴を伝えるとともに、必要な文献を紹介する。これについては3で述べる。
 最後に、「地域からメディアを見ること」と「メディアから地域を見ること」の関係について若干の議論を試みてまとめとしたい。


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2.地域のメディアを調査する

 ここでは、地域におけるメディアの実態と状況を、社会・経済的な視点から調べる方法・手順を紹介する。

 2.1 発信者・発行者について調べる
 一般に、社会の中で何らかの「仕事」をしていれば、その存在・活動は記録され、認知されているものである。その最も基本的なものが「統計」と「名簿」であり、例えばある都市において地域メディアの存在を知ろうとするとき、われわれが最初に頼るのはこの二種類の情報である。
 「統計」は、対象とする社会的事象を数値に還元して伝えるもので、そこから読み取れるのは「数」でしかない。しかし、後述するように、最も単純化された「いくつあるのか」という情報が実態を雄弁に語ることは決して少なくない。
 地域メディアに関する統計は多岐にわたる。日本の社会統計の基本の一つとして「日本標準産業分類」があり、政府・自治体等が実施する各種の統計調査において、分類の基本となっている。これで見るとメディアに最も直接的に関わるのは以下の項目である。

H 情報通信業

38 放送業

381 公共放送業(NHK)
382 民間放送業(有線除く)
383 有線放送業

  

39 情報サービス業

391 ソフトウェア業
392 情報処理・提供サービス業

  

40 インターネット付随サービス業

401 インターネット付随サービス業

  

41 映像・音声・文字情報制作業

411 映像情報制作・配給業
412 音声情報制作業
413 新聞業 
414 出版業
415 映像・音声・文字情報制作に附帯するサービス業

 また、間接的・周辺的に関わる分野として、以下のものが挙げられる。

F 製造業

16 印刷・同関連業

161 印刷業
162 製版業
163 製本業、印刷物加工業
164 印刷関連サービス業

J 卸売・小売業

60 その他の小売業

604 書籍・文房具小売業
 6041 書籍雑誌小売業
 6042 新聞小売業

Q サービス業
(他に分類されない)

84 娯楽業

841 映画館
842 興行場、興行団

  

89 広告業

891 広告代理業
892 その他の広告業

 ただ、残念なことにこの分類は平成14年3月に告示された新しい改訂版で、これ以前に実施された統計調査では「H情報通信業」という分類そのものが存在せず、放送業はサービス業大分類、出版業、新聞業は製造業大分類の一部となっていることに注意が必要である。
 このような区分で調査される統計として代表的なものは、「事業所・企業統計調査」「サービス業基本調査」(以上、総務省)、「工業統計調査」「商業統計調査」「特定サービス産業実態調査」(以上、経済産業省)などがあり、また国の最も基本的な統計である「国勢調査」(総務省)の産業に関する項目にも用いられている。
 これらの政府統計は、全国を対象とし、多くの項目において市町村単位まで集計していることから、地域にどれだけの事業所(者)があるのか、それは例えば人口に対して多いのか少ないのか、といった最も基本的な状況を示す客観的な資料となる。
 例えば、平成13年の「事業所・企業統計調査」で愛知県内の放送業の事業所数を見ると、名古屋市が51、内都心の中区に27、県内の中核都市である岡崎市には3事業所しかないことがわかる。また同じく新聞業では70、出版業では150の事業所が名古屋市にあることがわかる。
 統計では、後述するような特殊なデータを除いて市町村単位の合計値までしか知ることができない。これに対してその発行所が「どこにあるのか」を端的に示す情報が「名簿」である。これには大きく分けて業界団体や業界紙・誌が作る名簿と、その他の機関が作る名簿、という二種類がある。
 前者の「業界名簿」は極めて便利であるが、次のような点に注意する必要がある。
   *一業界に複数の団体があってその一つの名簿ではないか。
   *一部の企業だけの親睦組織の名簿ではないか。
   *高額の会費や協賛金を払った企業のみ掲載の名簿ではないか、
 一方、後者としては最も身近な名簿とも言える「タウンページ」がある。こうした名簿として良く知られる「会社四季報」等の企業リストは、非上場企業や一定規模以下のものは対象としていないため、中小・零細企業が主体の地域メディアの情報源としては適していない。
 メディアは基本的に「人に知られる」ことで成り立つ産業であることから、「タウンページ」は意外に有効な情報源となりうるものである。また、その入手しやすさも大きな魅力である。
 例えば、平成一二年版のタウンページでは、名古屋市中区の「放送業・放送局」は重複を除いて五一登録されている。この中には、事業所・企業統計では別項目となる制作プロダクションや関連サービス業も含まれているが、データとしては十分に信頼出来るものである。
 タウンページでは、個人(五十音別)の場合と異なって完全な住所が記載されていることから、後述する分布の分析にも利用できることは重要である。また、もっと単純に聴き取り調査のためのリストとなり得ることは言うまでもない。


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 2.2 流通・伝達について調べる
 これについては、中間流通システムを伴うパッケージ系のメディア(新聞、雑誌、ビデオ・ソフト等)、有線系メディア、無線(一般放送)系メディアの三者によって条件が全く異なる。
 例えば、タウン紙の場合は「配付」システムが存在基盤そのもであると言えるので、「置いてくれる店」「配るスタッフ」の確保が重要である。一方地方出版社の場合は取次と書店という既存のシステムに乗る場合も少なくない。
 これらについては、その流通段システム、流通量を何らかの方法で調査することは不可能ではない。
 有線放送においては、そのシステムは最も明確で、敷設したケーブル自体が流通経路を示すものとなる。しかしながら放送系一般の特徴として、実際の伝達=消費を中間では捉えられないという問題がある。番組単位の課金システムをとっている場合は放送事業者(発信者)の側で把握できるが、それ以外では消費者(受け手)側でしか実際の消費量(受容量)はわからない。
 この問題は梦線系でも同様であり、しかも有線における経路に代わって電波の到達範囲というあいまいな空間的広がりしか情報は得られなくなる。見える(聞こえる)かどうか、実際に見ている(聞いている)かどうかは、個々の消費者に尋ねるしかないのである。
 すなわち、流通・伝達段階について有効な調査が可能な地域メディアは、新聞、フリーペーパー、タウン紙誌といった「紙メディア」に限定される。また、有線系におけるケーブル路線、個別課金方式の番組視聴状況等は、事業者にとって最重要であり営業上の利害に直結するものであることから、情報の入手がかえって困難になることも考えられる。


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 2.3 受信者・受容者について調べる
 メディアが社会的に存在するためには、発信者とならんで受信者・受容者の存在が不可欠である。しかも、受信者は発行者よりもはるかに多数であるのが通常であり、一部の特殊なメディアを除いて「不特定多数者」である。
 このことは、個々の発行者に対する直接の調査が先方の協力さえ得られれば比較的容易であるのに対し、受信者については対象を特定することすら困難であることを示している。このような対象についての調査は一般に「社会調査」と呼ばれる方法をとることとなる。
 メディア研究の分野においては、受信者の受信行動や情報の受容プロセスの分析、効果分析などが蓄積されている。これに対して「地域」の視点からは、受信者の地域的分布そのもの、あるいは受信者の行動における地域性を分析する、といったことが中心となる。
 前者の、受信者の数量的地域分符をとりあげた例としては、新聞配布の地域的性格をとりあげた原田栄の研究が代表的である。原田は、島根県内の八都市をとりあげ、松江、大阪、福岡で発行される新聞の勢力圏が遷移的に分布することを明らかにしている(原田栄、「新聞配布と情報圏の形成」、『情報化社会の地域構造』、大明堂、1989年)。
 一方、後者については、日本最大のメディア企業でもあるNHKの日本放送協会放送文化研究所が調査している「国民生活時間調査」のデータが有力なものである。この調査では、メディア接触を中心とする情報行動について都道府県単位での調査・分析が行われている。
 特定の地域で改めて独自の調査を行おうとすると、やはり問題は受信者の把握ということになる。発行者側がもつ顧客情報を利用できる場合はかなり有利であるが、その利用が何らかの理由で困難、あるいは発行者も把握していないような場合は社会調査的な方法でデータを取得することになる。
 新聞購読、テレビ視聴などのような一般的な生活行動の場合、個人に対する郵送アンケート調査を行う場合が多いが、その場合最も問題となるのが対象を選び、質問票を送るための「名簿」なのである。かつては、住民基本台帳、選挙人名簿等からアンケート調査用に大量の姓名住所を読み出すことが容易にできたが、個人情報保護という観点から難しくなってきているからである。代替として電話帳を使うことも一時期行われたが、各種の勧誘電話を嫌って不掲載が急増していること、名義人が中高年男性に偏ること、といった問題が大きく、現在ではほとんど使われない。
 結局、頼りになるのは前述の発行者側がもつ顧客情報ということになる。これらは一般に「個票データ」と呼ばれ、かつては情報処理能力の関係であまり活用されることがなかったが、今日では最も重要な情報となっているものである。
 ただ、これらは受信者の個人情報であると同時に、そのメディア企業にとっても重要な経営情報であることから、取り扱いに慎重を期するべきことは言うまでもない。もしも利用が許された場合は、記載された住所を利用して次節で述べる小地域単位の空間的分析なども可能になる。


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3.調査・分析の方法

 3.1 地域そのものを知る
 地域メディアを地域の視点から調査・分析するに当たっては、事前にそのメディアの立地の背景として、対象となる地域の姿を知ることが必要である。
 具体的には、以下のような文献資料の収集・調査が中心となる。

統計資料

国勢調査、事業所・企業統計調査、工業統計調査、サービス産業基本調査、国民生活時間調査、など

地図資料

地勢図、地形図、住宅地図、など

記述資料

地域史、地誌、調査報告、など

その他

古文書、新聞記事、など

 これらを入手するには、図書館の郷土資料コーナー・行政資料コーナー、県庁・市町村役場の広報課(係)・統計課(係)・情報コーナーなどが便利である。また、地域の歴史的背景については、各地の博物館や歴史民俗資料館で見学を兼ねて直接教えを乞うことも有効である。
 情報は現本またはコピーの形で入手するが、コピーの作成に当たっては注意が必要である。具体的には、第一に図書等の文献については必ず書誌事項を記録する事が必要で、いわゆる「奥付」をコピーすることでカバーできる。また地図については縮尺を示す「目盛り」(距離尺と呼ぶ)のコピーも必ずとっておくことが必要である。これは論文・レポート等にまとめるために図を縮小する場合、大切な縮尺が不明になることを避けるためである。

 入手した情報は以下のような手順で整理保管する。
    資料リストを作る = 書誌事項の書式で
    原本を保管する  = 安全なファイルに入れて保管する
    作業メモを作る  = 使う部分を抜き出してカード化する
 統計については、データから必要な情報を「読み取る」ことが大切である。
 最も基本となる国勢調査(人口統計)を例に挙げると以下のようなことが基本となる。

人口密度

人口総数/面積
    *1平方キロあたり3千人を超えると、かなりの密集地

総人口の推移

基準年の人口を100として指数化する
  各年人口/基準年人口×100
    *グラフ化して急傾斜なら急増/急減

性 比

人口総数男/人口総数女×100
    *全国では96〜97、 100を超えると何かある

高齢化率

65歳以上人口/人口総数×100
    *20%を超えるとやや高い

産業大分類別就業者比率

就業者総数を100とする内訳(%)
  △△業就業者数/就業者総数×100
    *農林漁業、製造業、卸小売業に注目。 農業地域か、
     工業地域か、商業地域か


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 3.2 地域メディアのフィールド調査
 フィールド調査(フィールド・ワーク)は地理学、文化人類学、社会学等の研究において、室内(机上)の研究活動と対比する形で、野外(現地)で行う調査・研究活動を指す名称で、「課題発見」を目的とするものと「仮説検証」を目的とするものとに大別される。
 「課題発見」のための調査は予備的なものであり、その調査結果をもとにテーマを絞り込み、研究枠組みを確立することになる。大切なことは、ゆるやかな仮説、広い視野、柔軟な好奇心であり、「感性」を磨いておくことである。
 一方「仮説検証」のための調査は、予備調査、資料分析などによって構築した仮説を確かめ、結論を導き出すためのものである。ここでは、十分な事前調査、明確な仮説、吟味した調査手法が大切であり、トレーニングを積んでおくことが必要である。
 具体的には、現地での観察、測定・計測、アンケート、聴き取りなどである。
 「観察」は、歩く、良く見る、その場で記録する、というステップで構成される。「歩く」ために地域の地図を事前に頭に入れておくこと、「良く見る」ために最初は写真をとらず、むしろスケッチすることが望ましい。「記録」のためにはメモ用の地図を用意、即時直接記入することが大切である。
 「実測・計測」は、自然環境や建築等の分野の調査に多いが、人文・社会系の分野でも実施される。人文・社会系においては「数える」ケースが多く見られ、例としては交通量調査が典型である。
 「アンケート」は社会学的な調査において良く用いられる方法であり、一般に広く知られているが、質問紙(質問文)の構成、調査対象(サンプル)の選び出し(抽出)など、実は高度に専門的な知識・経験を必要とする難しい手法である。地域メディアの調査・研究においては「受け手」の調査に用いる例が多い。ここでは紙数の関係で調査法の詳細に触れることはできないが、少なくとも安易に頼るべき手法ではないと言える。
 「聞き取り」は、研究課題に直接関係する個人や機関を訪問して「知りたいことを聞きだす」というある意味で明快な作業である。このため、話を聞く相手に失礼にならない程度に十分な事前調査を行うこと、(他)人と話す基本を身に着けておくことが必要である。ここでは、この「聞き取り」について少し詳しく述べる。

 「聞き取り」調査においては、対話がその中心を占めることから、実は「話す」ことが重要である。すなわち、まず自分の氏名・所属をはっきり名乗り不審に思われないようにすること、次に調査の目的をきちんと判り易く説明して協力する気になってもらわなければならない。聞き取り調査の失敗には「話を上手く聞けない」のでなく「説明が下手」なことによるものが少なくないのである。
 作業の中心は当然「良く聞く」ことであるが、これは相手によって条件が異なる。
 すなわち、企業人、専門家など相手の専門の仕事について話を聞くという場合は、調査の目的、これまでの(自分の)調査経過、聞きたい項目の詳細を事前に、できれば文書の形で伝え、先方の準備期間を確保するとともに、当日の時間を節約することが必要である。これは、企業、官庁、自治体等の「機関」を対象とする聴き取りでも同様である。
 一方、一般の個人の場合は逆に事前にあまり情報を伝えないほうが良いとされる。相手を結果的に誘導してしまうことを防ぐためで、当日は「雑談」を嫌がらないこと、相手の気持ちがほぐれて積極的に話してくれるまで気長につきあうことが必要である。いずれの場合も、聞き漏らしの無いよう自分用の聞き取り項目のメモを用意するのは当然である。
 聞き取りには当然「記録する」ことを伴うが、一般の個人の場合にはメモをとられることで緊張し、話がスムーズに進まなくなる場合もある。録音することについても同様である。このような場合には、仕方がないので最小限のメモをもとに後から記憶に頼って記録化することになる。これは慣れれば確実に上達するので訓練が大切である。
 専門家や機関対象の聞き取りでは、こういったことはないが、短時間に膨大な話を聞かなければならない場合が多い。できれば2人で訪問し、聞き手と記録係に作業を分担することが望ましい。また、2人で訪問することは大切なことを聞き漏らすのを防止する効果もある。
 聞き取り中にとったメモは、必ずその日のうちにきちんとした記録にまとめておくことが重要である。急いで書いた文字は自分の字でも読めなくなること、当日は判っていて省略したことが後では意味不明になることも、決して珍しくないからである。
 聞き取り調査において気をつけることは、第一に相手を選ぶことである。
 すなわち、必ず聞きたい事象についての「当事者」に聞くこと、結果的に「また聞き」になるようなことはなるべく排除することである。また、いわゆる「リーダー」的な人物や「反主流派」とされる人物の場合、意見のバイアス(偏り)に注意しなければならない。さらに、聞き手(当方)に対して迎合的になりやすい場合にも注意が必要である。
 こうした問題を避けるためには、可能な範囲で相手についての第三者の意見を聞くことが有効である。  聞き取り調査において気をつけるべき第二の課題は、聞き手である自分の態度である。
 すなわち、自分の仮説に固執したり話を誘導しないこと、相手の話を遮らないこと、を基本として、相手に不快感を与えないことが必要である。不快感を与える行為としては、相手の話し中に仲間と顔を見合わせる、時計を見る、相手の持ち物・部屋等をジロジロ見る、などといったことである。また、相手方の社会的性格、状況によって適切な服装で訪問することも大切である。

 以上のような作業を通じて、概略の状況把握、事実・データの確認、データに現れない「意味」をつかむ、といったことを目指すのがフィールド調査である。フィールド調査に関して伝統的に言われる2つのこと、「現地を見ないで何が言えるか」と「ただ『行けば良い』のではない」を常に頭において取組むことが大切である。


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 3.3 地域分析の方法
 調査の結果はそれ自体様々なことを語っているが、そこに適切な分析を加えることでより意味のある情報を生み出すことができる。
 一般的には、市町村単位程度のデータを操作して論じることが多いが、地理学における研究では、より細かい地域単位で「空間的分布」を分析することも珍しくない。そこで必要になるのは、同じく小地域単位での信頼すべき統計値である。現在容易に入手できる小地域統計としては、総務省統計局が公開している「調査区データ」と「地域メッシュ統計」がある。これらの詳細は章末に示す文献あるいはホームページを参照されたい。
 われわれの身近にあって地域空間を端的に示すものは地図であることから、地理学的地域分析は「地図に落とす」ことから始めることになる。ここでは、メディアそのものではないが日常的に利用するある店舗の分布の分析を例として、分析手法を紹介してみたい。

■データ作成
 一、タウンページに掲載されている全ての店舗について、その住所を基に地番が細かく表示されている都市地図(あるいは住宅地図)上にプロットする。
 二、上記の地図にプロットした点を、主要道路、河川流路、行政界などの基準となる図形とともにトレーシングペーパーに転写する。
 三、転写した地図から国土地理院発行の地形図の図郭および縮尺に合うように縮小したコピーを作成する。
 四、そのコピーの上に格子線を記入する。ベースが五万分の一地形図の場合地形図1面の図郭を縦横二十等分、二万五千分の一地形図の場合縦横十等分とする。対象地域が国勢調査で定義する「人口集中地区」の場合は、さらにこの格子の縦横半分にまで細分可能である。
 五、その格子線の一マスあたりに店舗がいくつあるか、プロットした点を数えて、格子に合わせたエクセルのシートに入力、メッシュデータとする。
■人口データとの重ね合わせ
 一、このデータと同じ範囲の「国勢調査・地域メッシュ統計・人口総数(総数)」(以降「夜間人口」とする)、「同・世帯人員別一般世帯数(一人世帯数)」を入手する。
 二、同じく、「事業所・企業統計調査・地域メッシュ統計結果」の「全産業(従業者総数)」、「小売業(従業者総数)」、「飲食店(事業所数)」を入手する。
 三、さらに、国勢調査、事業所・企業統計調査のリンクによる地域メッシュ統計から「昼間人口(総数)」、の数値を入手する。
 四、これらの全てのデータを一シートづつエクセルに入力、メッシュデータとする。
■分布の傾向と特異点
 一、デルタグラフ等の三次元グラフを作成できるソフトを用いて、作成したメッシュデータの等高線図を描き、空間的な分布パターンを比較する。描かれたパターンが似ていれば、分布の傾向も類似していると言える。
 二、店舗のデータと各種の人口データの空間的分布の相関を見るために、メッシュデータからX-Y-Z形式のデータに変換してエクセルに入力し直し、二元散布図を作成するとともに相関係数を求める。結果は、例えば夜間人口よりも昼間人口との相関が強い、といった知見が得られる。
 三、等高線図や散布図は全体的な傾向とともに、そこから大きく外れる特異なデータをも明らかにする。データの誤りでない限り、これらの個票は何らかの理由で突出した数値を示しているのであり、その個別の原因を探ることも重要である。
 四、この、全体的な傾向と個別の特異な値の双方を見ることによって、そのデータが示す分布の構造と意味に迫るのが、小地域データを用いた地域空間分析である。


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4.おわりに

 4.1 地域からメディアを見る
 ここまで述べてきたのは、地理学の手法を援用して地域の社会的事象の一つとしての「メディア」を調査・分析する方法についてである。今日の地理学の動向からすれば、かなり「素朴な」レベルの手法の紹介に敢えてとどめたのは、これまで地理的な手法とは無縁であったメディア専攻の学生などにとって、直感的に理解可能で実際の調査作業に応用できる内容とすることにこだわったからである。
 それでも、紙数の制約のためもあって分かりにくい記述が少なくないとは思うが、章末に示した参考文献と合わせて利用していただければ幸いである。
 高度情報化時代と言われ、情報メディアがわれわれの生活に占める「重み」はますます大きくなっている。であればこそ、値域の産業、社会、文化などを調査する際にメディアをどのように調査・分析するのか、という課題もまた大きくなっている。しかしながら、ここまでの記述においても、メディアの産業組織、活動形態、生産物がもつ固有の特異性にどのように取組むか、という問題は避けてきている。
 例えば、一時間のテレビ番組を制作・送信し、それを千人が見る場合と十万人が見る場合で、情報としての「生産量」は同じであろうか。情報学的に考えれば、一人ひとりの人間が何かを知った瞬間に、そこに情報が生産されたとも言えるのであり、その場合このテレビ番組における社会的情報生産量は千倍の隔たりがあると言えるのである。
 このような情報の特異性に正面から向き合った地理学的な地域分析は、未だ試行の域を出ていない。情報社会学等との共同研究を重ねるなかから、さらに研究を重ねることが必要である。


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 4.2 メディアから地域を見る
 地理学において、メディアに関するもう一つのアプローチがある。それは「メディアが地域を形成する」という命題である。われわれが「ある地域・場所を知っている」と言うとき、どこまで実体験によっているであろうか。
 映像メディアの発達は、「百聞は一見に如かず」という自戒を限りなく希薄なものとしてしまった。ニューヨークの貿易センタービルの悲劇を、新型肺炎に混乱する北京を、われわれは自分の目で見てきたように話題にしてはいないだろうか。
 その延長上に「神秘のインド」や「悠久の中国」「微笑みのタイ」といったフィクションとしての「地域情報」が形成され、さらには沖縄県や福岡市に見られるような対外宣伝を主とする、言わば地場産業型の「地域メディア」まで生まれてきているのである。
 本稿では触れることができなかったが、この「メディアによる地域形成」という視点についても、今後さらなる研究が必要であると考える。


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 文献・情報源

参考文献
石川・佐藤・山田、1998、『見えないものを見る力』、八千代出版
大友篤、2002、『地域人口分析の方法―国勢調査データの利用の仕方―』、日本統計協会
北村・寺阪・富田、1989、『情報化社会の地域構造』、大明堂
佐藤郁哉、2002、『実践フィールドワーク入門』、有斐閣
総務省統計局、1999、『地域メッシュ統計の概要』、日本統計協会
中村・寄藤・村山、1998、『地理情報システムを学ぶ』、古今書院
福岡安則、2000、『聞き取りの技法 〈社会学する〉ことへの招待』、創土社

関連ホームページ
経済産業省(統計)   http://www.meti.go.jp/statistics/
国土地理院      http://www.gsi.go.jp/
総務省統計局     http://www.stat.go.jp/
(財)日本統計協会   http://www.jstat.or.jp/ 


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