地理情報処理とは何か

『地理情報システムを学ぶ』,古今書院,1999
第2章 入門・地理情報処理・第1節


1.地理情報の概念

2.地理的位置の情報

3.地理情報処理の枠組


 
 

1.地理情報の概念

 地理情報とは一体なんだろうか。
 一言で言えば「地理的位置をキイとする情報」である。
 秋山(1996)は、「地形、地質、土壌、土地利用、植生、気象、人口、産業、交通、運輸、施設、文化財、といったものから、同級生のリストや訪れた観光地のリストなど個人的な情報まで、地理情報として管理することができる」としている。すなわち、地理情報とは情報の種類のことではなく、それらの情報に共通して含まれる地理的要素についての定義なのである。
 それでは、その地理的位置や場所はどのように記述されるのであろうか。最も明快な方法は「地図上に示すこと」である。しかし、視覚的な表示・伝達が不可能な場合は「ことば」や「数値」に頼らざるを得ない。
 例えば、友人に電話である店の位置を教えることを考えてみよう。
   a.△△線の○○駅北口正面
   b.国道××号を北に、□□川を渡って約200m進んだ左側
 a.では「△△線の○○駅」、b.では「国道××号と□□川の交叉地点」という認知が容易な位置が与えられ、その「正面」とか「約200m進んだ左側」という相対的な位置が指示される。
 一方、これとは異なる絶対的な位置の表現が気象情報に見られる。
   c.台風の中心は北緯○度、東経△△度にあって・・
 また、地理的位置には狭義の「地点」だけでなく、一定の広がりをもった「地域」も含まれる。
   d.□□県の高齢化率は××%で全国1位である・・
 「都道府県別、市町村別」等の地域統計も立派な地理情報である。
 このように、地理情報は<地理的位置の情報+事実・事情の情報>という組み合わせで構成されている。本章では、このような構成でかつ一定の様式に従って集積される情報を地理情報と呼ぶことにする。


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2.地理的位置の情報

 前項で述べたように、地理情報にとって位置の情報は最も重要である。地理的位置の情報を作成・処理するには以下の3つのポイントが重要である。
 第一のポイントは、その位置情報の対象が「点の位置」か「広がりをもつ範囲」か、ということである。点の位置については後述するような計測方法があるが、基本的には単純である。一方、広がりをもつ範囲については、形と面積が等しく位置情報をもつ微小な単位区画の集合としてとらえる方法(ラスター方式)と、その境界線を閉多角形と見なして角ごとの座標値の連続としてとらえる方法(ベクター方式)の2つがある。
 第二のポイントは、調査の段階で位置をどのようにして決定するかである。
 既製の情報・データを加工するのであれば、多くの場合それらには既に地理的位置の情報が含まれている。前述の台風の情報や国勢調査のデータを使った分析などがその典型であるが、気象データなどの一部を除いては地名や地域名などの記述的な情報であって、その位置や距離を計測出来るような情報ではないのが問題である。既に地名や地域名が含まれている情報に計測可能な位置情報を与えるには、地図上で計測するか政府・自治体や民間機関が作成・提供している地図情報(数値化地図)と組み合わせる方法がある。
 一方、調査等によって新たな情報を得ようとする場合には、現地で位置を測定するか地図上で計測することになる。
 現地での測定については、かつては専門的な測量技術を必要とする難しい作業であったが、今日では衛星からの電波で位置を測定するGPSの実用化、特に安価な受信機の普及によって誰でも容易に行えるものとなった。GPSは本来はミサイルの誘導など軍事用のシステムとしてアメリカが整備したものであるが、現在の日本ではカーナビゲーションですっかり身近なものとなっている。小型のアンテナを空に向けることで、現在地の緯度、経度、前回測定地点からの移動距離、移動方向などが数値で表示されるシステムで、簡便で低価格の携帯用機器やノートパソコンと組み合わせて使うセットなども発売されている。
 地図上での計測は、地理学・地理教育においては必ず経験している基礎的素養の一つであるが、地理情報として有効に活用するためには測定・計測に際しての 精度を考えることが必要である。例えば、地形図にメッシュをかけて等高線から標高を読み取るような場合、等高線の水平方向の精度を超えて細かく読み取ることは無意味である。また、基準点と座標系についてもよく考えておくことが必要である。例えば1枚の地形図の範囲内に限れば、通常の直交座標で相対的な位置は明確に決定されるが、地形図が変形の台形をしているため、隣接する図にまたがる場合は困難なことになる。
 第三のポイントは、作成する地理情報の性格・用途である。例えば、ある島の土地利用の変遷についての研究で、変動過程のシミュレーションのために詳細なデータを作るような場合、他の地域との連結を考慮する必要は無く、その島のみの最適な正方直角格子を上書きして土地利用を読み取ればよい。また数値的な処理や図示も容易である。
 一方、より広い範囲での応用や政府機関等が作成している情報との対比を重視するならば、地形図の図郭線を基準とする標準地域メッシュを用い、緯度・経度を座標系とするのが適当である。


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3.地理情報処理の枠組

 ここでは、筆者が地理情報処理と呼ぶ作業の枠組みを「図形的処理」と「解析的処理」に2分して概説する。また最後にGISとの関係についても触れる。

 (1) 図形的処理
 最も基本的な地理情報処理の一つが「地図を描く」ことである。正しくは「地理情報の視覚化」と言うべきであるが、主題図や統計地図の「描き方」に関する本は古くから数多く出ている。ここでとりあげるのは、こういった図をコンピュータを使うことでより容易に美しく描くということである。
 今日のパーソナルコンピュータは画像を扱う能力に優れており、誰でも半日もあればマウスを使って簡単な図が描けるようになる。キイボードの操作が不要なため、ワープロよりも容易であるとさえ言える。ウィンドウズパソコンの場合、基本システムの中にペイントというソフトが用意されていて、すぐに作図ができる。2.2.2 にこのソフトを使う事例を紹介している。
 ペイントは、ウィンドウズ系で画像の共通様式となっているBMPファイルを扱うため、既製の白地図データを使ったり自作の白図をスキャナで読み込ませて使うことができる。また、これは境界線の中を塗りつぶす処理が非常に簡単であるという特長をもっている。ただし、このペイントはそれほど使い易いソフトではない。たとえてみれば1枚の紙に不透明の絵の具で描くようなもので、失敗すれば全てやりなおしになるのである。
 これに対して「オブジェクト処理」とか「ドロー系」と呼ばれるソフトがある。上と同じようにたとえれば、一つひとつの要素がそれぞれ別個の切り紙のように紙の上に乗っているようなもので、したがって描いたあとで個々の要素を動かすことができるほか、消すと下に隠れていた別の要素が現れるといったものである。
 例えば、四角や円などの記号を地図上に配置するような主題図を描くのには最適であるが、背景となる地図そのものを読み込ませるといった点では制約があることが多い。
 ここで言う図形的処理は、地理情報の最後のプレゼンテーションとして行なわれる例が多いと言えよう。

 (2) 解析的処理
 地理情報の解析と言えば地理学における分析そのものではないか、と言われるかもしれないが、ここでとりあげるのはあくまでも「空間的な解析」である。地理情報の一般的な解析においても、マイクロソフト・エクセルに代表される「表計算ソフト」はきわめて有効な道具であるが、そのエクセルには地域別のデータを自動的に地図上に描き出す機能も備わっている。
 また、メッシュデータを作って地形(起伏)や土地利用の空間的パターンを描いてみることは、結果のプレゼンテーションというよりも、隠れた傾向や地域的異常を見つけだすための手順の一環と言うべきである。ここでもコンピュータを使うことによって、様々に条件を変えながら多数の図を描いてみることが容易にできるようになる。
 エクセルではメッシュデータを表のセルにあてはめ、複雑な処理を自動化するマクロ機能を使うことによって、かつては自分でプログラムを作らなければならなかったような処理が可能になった。また、三次元の地形(標高)データから等高線や立体図を描くソフトも、様々なレベルのものが発売されている。

 (3) 地理情報処理とGIS
 上で挙げてきたような個別の処理を集約して、地理情報の入力、加工、データベース化、解析、図化までを統合した専用のシステムとして開発されたのがGIS(地理情報システム)である。
 しかしながら、GISはかなり高度なしかもやや未成熟な「情報システム」であり、使いこなすためにはコンピュータについての一定の知識、技術を必要とするものである。一方、従来の地理学教育においてはコンピュータの利用に関する教育は必ずしも十分とは言えず、このため伝統的な地理学の研究・教育プロセスとの間に多少の「距離」があることは否定できない。一部のコンピュータに強い者を除けば、GISを使う研究・教育に入る前に乗り越えなければならない高いハードルが存在しているのである。
 この、「ワープロとGISの間」の距離を縮め、ハードルを越えるためには、まず画像処理、表計算といった地理学分野で有用な個別の処理を体験・習得し、コンピュータ利用への意欲と自信を高めることが重要である。そのためのステップとして、筆者は「地理情報処理」という分野を提案するのである。

参考文献 
秋山 実(1996):『地理情報の基礎』山海堂 156ページ


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